第一章・次代の王

16/33
前へ
/374ページ
次へ
「クロード、泣かないでください。どうぞ」  クロードを両腕に抱きました。  両腕に乗った小さな甘い温もり。とても可愛らしい赤ちゃんです。  抱っこしてあやすと泣きやんで、黒い瞳でじっと私を見つめてくる。 「あなた、可愛いですね。お腹は空いていませんか?」 「あー」 「そうですか。お腹が空いたら教えてくださいね」  そう話しかけて微睡むクロードを抱っこしたまま皆とのお茶会を楽しみます。  時折クロードにも話しかけて、四大公爵夫人と何気ない会話に花を咲かせました。  そんな時間を過ごしていると、ふいにサロンの扉が開かれます。 「ブレイラー!」  サロンに飛び込んできたのはゼロスでした。  ゼロスは私を見つけると、嬉しそうに側まで駆け寄ってくる。  まだ子どもとはいえ冥王の登場にサロンの女性たちが騒めきますが、ゼロスはお構いなしです。  ゼロスは私にぎゅっと抱きつこうとするも、クロードに気付くと立ち止まってくれました。 「あ、クロードもいる!」 「はい。クロードはお昼寝が終わったところなんですよ」  そう言うとゼロスが興味津々にクロードを覗き込む。 「クロード、おはよー」 「うー」 「うー、だって。おはようは?」 「ふふふ、クロードはまだおしゃべりできませんよ」  私が笑って言うと、ゼロスはむうっと唇を尖らせて「おしゃべり、したかったのに」と残念そう。  でも私を見ながらもじもじし始めました。 「ブレイラ、あのね、あのね……」  もじもじしながらちらちらクロードを見ています。  そしてその視線はクロードを抱っこしている私の両腕へ。  それに気付いて私の顔も綻びました。 「どうぞ。来てください」  片腕でクロードを抱き直して、もう片方の手をゼロスに差し伸べました。  するとゼロスが嬉しそうな笑顔を浮かべて私にぎゅっと抱きついてくる。 「我慢してくれたんですね。偉いですよ」 「うん。ぼく、えらい!」  照れ臭そうなゼロスの頭をいい子いい子と撫でてあげます。  こうしてゼロスもお茶会に加わって、大好きなクッキーを美味しそうに食べ始める。  ゼロスの口端についたクッキーの欠片を摘まむと、ゼロスが恥ずかしそうに振り返りました。 「ありがとう、ブレイラ」 「ゆっくり食べなさい」 「うん」  素直な返事に私も笑みを浮かべましたが、そういえば……とゼロスを見つめる。  北離宮の主人は私です。北離宮での出来事はすべて報告されますが、その中に気になる報告がありました。 「ゼロス」 「なあに?」  ゼロスが右手にクッキー、左手にパイを持って見上げてくる。  もぐもぐしているお口が可愛いですね。でも一つ訊ねたいことがあります。 「あなた、普段からよく一人で北離宮に来ているそうですね」 「っ! ……そ、それは」  ゼロスが分かりやすく焦りだす。  それは肯定というもので、私は少し怒った顔を作ってみせます。 「剣術や体術のお稽古を途中で抜けてしまうことがあるそうじゃないですか。いなくなったと思ったら、北離宮でかくれんぼしているとか」 「え、えっと、えっと……」  ゼロスがますます焦りだします。  大きな瞳がうるうる潤みだしますが、ダメです。ここで甘やかすわけにはいきません。 「あなた、お稽古をさぼった時に北離宮を隠れ場所にしていますね?」 「うぅ、ごめんなさい~! だって、だって、おてていたいから。ちょっとだけおやすみしたかったの」 「ああもう、やっぱり……」  私が知らされた報告内容は、時々ゼロスが北離宮に来たと思ったらかくれんぼしているというものでした。不審に思った女官が声を掛けても、「いいの、いまかくれてるの。あっちいってて」と物陰にじっと身を潜めて出てこないのだといいます。しかも、隠れながらスヤスヤ眠ってしまう事もあるそうです。
/374ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加