第一章・次代の王

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 その日の夜。  ゼロスを寝かしつけた後、私は本殿の寝所に入りました。  もちろんハウストと二人きりの時間を過ごす為です。 「お待たせしました」 「ブレイラ、待っていたぞ」  ハウストは読んでいた書類をテーブルに置いて迎えてくれる。  私の腰に手を回して抱き寄せ、唇に口付けを一つ。  私もお返しの口付けをして、呼吸が交わる近い距離で見つめあう。 「明日の書類ですか?」 「ああ、会議の最終確認だ。お前も準備は終わっているのか?」 「もちろんですよ。何度経験しても緊張する会議ですから」  明日のハウストの予定は四大公爵会議。私は四大公爵夫人会議。会議の議題は魔界にとって重要案件ばかりです。 「お仕事の邪魔をしてしまいましたか?」 「いいや、もう終わっている。お前を待っていたところだ」 「では丁度良かったんですね。紅茶でも淹れましょうか」 「頼む」 「はい」  私は紅茶を淹れてハウストの側に戻りました。  テーブルには二人分の紅茶です。就寝前にハウストと二人きりのお茶の時間を過ごせることは嬉しいことでした。 「どうぞ」 「ありがとう」  ソファに座っているハウストの隣に座ります。  互いの温もりを感じる近い距離。互いに多忙な日々を過ごす中、一日のうちで一番ほっとできる時間です。  紅茶を一口飲んで隣のハウストをちらりと見上げる。  すると目が合って優しい鳶色の眼差しに顔が綻ぶ。  今日のあなた、とても嬉しそうでした。 「明日からの会議は緊張しますが、今日はクロードに会えて嬉しかったですね」 「そうだな」 「とても可愛い赤ちゃんでした。きっと立派な魔王になります」 「ああ、潜在能力も申し分ない。ゆくゆくは四界の王の名に恥じない力を持つだろう」 「はい」  魔界の姫であるメルディナの魔力の強さは私もよく知っています。二年前の冥界創世時、その力に助けられたことは忘れていません。  私はハウストに世継ぎを残すことは出来ないけれど、クロードが誕生して魔界に正当な後継者ができたことに安心しました。身勝手なことだと分かっているけれど今は心からの感謝と喜びしかありません。 「メルディナには重責だったことでしょう。大変な役目を課していました」 「まあな。だが、それも終わった。メルディナは重責を果たしたんだ。クロードの養育には俺も力を惜しまない」 「はい。私も出来る限りのことをします」 「是非頼む。メルディナも喜ぶだろう」  そう言ってハウストが私の額に口付けを一つ。  なんだか照れ臭いですね。  私もお返しに彼の鼻にちょんと口付けて笑いかけました。 「それにしても、あのメルディナが母親になったなんて。少女のような印象が抜けないので不思議な感じです」  メルディナと初めて会った時のことを覚えています。私が初めて魔界に来た時にハウストから紹介されました。第一印象は互いに最悪で、とても嫌味で生意気な少女でした。顔を合わせれば必ずといっていいほど喧嘩をしていましたから。  今でもメルディナの生意気なところは変わっていませんが、それでも以前と違っているのは二年前の冥界創世の時から彼女が私に甘えるような素振りを見せるようになったこと。信頼されたと受け取っていいのでしょうね、私も彼女を可愛いと思えることが増えてきました。もちろん相変わらず生意気ですが。 「ゼロスも喜んでいましたね。あの子、赤ちゃんに触る時とても緊張していておかしかったんですよ」  今日のことを思い出して口元が綻んでいく。  初めての赤ん坊に緊張するゼロスはとても可愛かったです。つい二年前までゼロスも、ちゅちゅちゅ、と指吸いばかりしている赤ちゃんだったのですが、きっと本人は覚えていないのでしょうね。
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