第四章・私の星

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「イスラ、会えて良かったです! あなたもこの国にいたのですね!」 「ああ、ブレイラも無事で良かった。ブレイラは今すぐ魔界に戻れ、しばらく人間界には来るな」 「人間界で何か起こっているんですか? まさか、今回のことにジークヘルム王も関わっているんじゃ……」 「ああ、この事態を引き起こしたのはジークヘルムだ。そして今ここでブレイラ達を襲っている怪物は……人間だ」 「え、人間?」 「そうだ、魔界の酒場で突然怪物になった魔族がいただろ。この怪物も同じで、おそらくこの国の人間だ。っ、ブレイラ、下がれ!」  突然腕を引かれたかと思うと、イスラが素早く腰の短剣を投げました。  ザクッ! 短剣が背後に迫っていた怪物に突き刺さります。  怪物は断末魔のような声を上げて藻掻きますが、短剣はわざと急所を外して投げられたようでした。いいえ、この怪物だけではありません、さっきまで戦っていた怪物も致命傷は免れています。 「なるべく殺したくない」 「イスラ……」  この怪物は人間。こんな時だというのにそれでもイスラは守りたいのですね。  イスラはコレットに転移魔法陣が発動できる場所を教えると、次にゼロスを見ました。 「ゼロス」 「な、なあに?」  ゼロスがイスラの気迫に飲まれつつも返事をします。  イスラはまっすぐにゼロスを見ました。 「ゼロス、ブレイラを必ず守れ。いいな」 「っ、は、はい……」  あまりの緊張感にゼロスが困惑しながらも頷きました。  それにイスラは頷くと私を見つめる。  その真剣な面差しに私は胸が苦しくなってしまう。 「……行くのですか?」 「俺は人間を放っておけない。ジークヘルムの始末をつけてくる」  勇者だから、なのですね。  勇者だから行くのですね。  分かっています、それはイスラが幼い頃から変わらないこと。 「いってらっしゃい。無事に帰って来てくださいね、魔界で待っています」 「ああ、心配するな。片付けたらブレイラのところに帰る。皆、ブレイラを頼んだ」  イスラはそう言うと踵を返し、駆け出していきました。  いつも通りの後ろ姿です。イスラはどんな困難な戦いに赴く時も私など振り返らずに、前だけを見て走っていくのです。  私はその背中を見送ることしか出来なくて、――――え?  ふいに、イスラが立ち止まりました。  そして振り返って、私と目が合って……。 「ブレイラ、行ってくる!」  それだけを言って、また駆け出していきました。  私はその姿に時間が止まったような感覚を覚えてしまう。  だって、初めてだったのです。  イスラはどんな戦いに赴く時も決して私を振り返らない。それなのに。 「イスラ……?」  ……なぜですか。  振り返ったのは気まぐれですか。偶々ですか。  私のところへ帰ってきてくれるとイスラは言ったのに、胸が妙にざわついて焦りのようなものを覚えてしまう。 「ブレイラ様、参りましょう!」 「は、はいっ……」  コレットに声を掛けられて慌てて返事をしました。  そうでした、今はぼんやりしている時間はありません。ここから早く脱出しなければ。 「ゼロス、抱っこしますか?」  私の側へ戻ってきたゼロスに両手を差し出しました。  ゼロスは安心した顔になりましたが、ふと首を横に振ります。 「……ううん、だいじょうぶ。おてて、つないでて」 「分かりました」  ゼロスと手を繋いで走りだしました。  途中で怪物が出現し、私たちの行く手を阻みます。  女官や侍女が撃退しますが次から次へと現われて私たちを攻撃する。  コレットとエミリアが私とゼロスの側にぴたりとついて護衛しながら進んでくれます。
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