第四章・私の星

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「初めまして、勇者様。私の名はルメニヒ。ナフカドレ教団の大司教をしております」 「……教団? それじゃあ、お前がピエトリノ遺跡にある神殿のっ」 「勇者様にご存知いただけていたなんて光栄でございます」  ルメニヒがお辞儀した。  しかしイスラは不快を隠さない。今回の一件にナフカドレ教団がなんらかの形で絡んでいることは分かっている。 「ふざけるな! ジークヘルムはどこにいる!」 「ジークヘルムは私の忠実な信仰者。教団にすべてを捧げるべく、彼は王としての最後の役目を果たしてくれました」 「最後の役目だと? 貴様の目的はなんだ!」  イスラはルメニヒを鋭く睨む。  しかしルメニヒは怯えることはなく、それどころかイスラに問いかける。 「勇者様、あなたは人間界の王であり神格の存在。この人間界において、魔王や精霊王や冥王と渡り合う唯一の存在です。勇者様は王としてこの人間界をどう思われますか?」 「……どういう意味だ」  イスラは訝しんだ。  ルメニヒはうっそりと笑うとイスラに向かって一歩一歩近づく。 「人間界は魔界や精霊界に比べて諍いが多く、混沌とし、貧しさに苦しんでいる者が多い。勇者様の御母上様も魔界の王妃になる前は貧民だったと聞いています。大変な苦労をされたことでしょう。――――なぜ、人間界にはこれほどの苦しみがあるのか。その答えは一つ、人間界には数多くの国があるからです」  ルメニヒはイスラの前で立ち止まると、ゆっくりと手を伸ばす。  イスラの鍛えられた胸板にそっと手を置いて、まるで誘惑するかのように身を寄せる。  イスラは目を細めた。  ルメニヒの胸元からは思考を奪うような女の匂いがしたのだ。 「人間界は一つにならなければいけません。まずモルダニア大国が勇者様の手に委ねられます。間を置かずに他の国々も勇者様のものとなり、ゆくゆくは人間界にある国のすべてが勇者様のものになります。そう、人間界は王である勇者様の元で一つに纏まるのです。私は大司教として勇者様を支えたく思います」  ルメニヒは香りを纏ったままイスラを見つめた。微笑を浮かべ、イスラの頬に触れようと手を伸ばしたが。 「おい、触るなよ」  イスラが淡々と吐き捨てた。  そしてじろりとルメニヒを見る。それは睥睨の眼。  光を弾く金色の髪は嫌いではないが、今目の前にあるのはイスラの好きなものではない。 「不快だ。離れろ」 「っ。…………それは、失礼いたしましたっ……」  ルメニヒがぎりりっと奥歯を噛んでイスラから離れた。  屈辱に拳を握りながらもイスラの前で跪く。 「ご無礼を、お許しくださいっ……。しかしながら、人間界を一つに纏めなければ人間界は滅びの道を辿るでしょう。それには勇者様の御力が必須!!」  ルメニヒはそう声を上げると足元から魔力を立ち昇らせた。  それは巨大化して竜巻のように膨れ上がり、周囲の草木を激しく揺らして圧倒する。  しかしイスラは悠然と立ったままルメニヒを見据えていた。  この国の王も王妃もナフカドレ教団の信仰者だった。このモルダニア大国は教団に乗っ取られたと考えてもいいだろう。ならばイスラが今しなければならないことは一つ、それはこの国の民衆を守ること。
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