第四章・私の星

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「勇者様、今までご苦労様でした。人間界創世の頃より代々の勇者によって人間界は守られてきました。王でありながら国も無く、玉座も無く、ただただ人間界の為に戦い続けたことに感謝いたします。しかしもう終わったのです。これからの人間界はどうぞ私にお任せください。私が人間界の救世主となり、人間界を救ってみせましょう。だからもう勇者は必要ございません」 「……勇者は、……必要、ない」  イスラが掠れた声で呟く。  目を見開いて愕然とするイスラに、ルメニヒは笑みを浮かべたまま顔を近づける。 「勇者様、ごゆっくりお休みくださいませ」  耳元で囁かれた艶めかしい声。  ルメニヒはイスラの心臓に短剣を突き刺そうとしたが。 「――――イスラ! イスラ、どこですか?!」  茂みの向こうから声が聞こえてきた。  その声にイスラがぴくりと反応する。耳に心地よく響くそれはブレイラの声。  近づいてくる気配にルメニヒは舌打ちしてイスラから離れる。 「もういい、目的は果たした。引きましょう」  そう言うとルメニヒは転移魔法を発動し、信仰者たちを連れて姿を消した。  ルメニヒの気配が消えて、ぷつりとイスラの緊張の糸が切れる。 「っ、……うぅっ」  ドサリッ。  とうとうイスラは倒れた。  地面は鮮血に染まって血の水溜まりができている。  夥しい血液量だ。意識が急速に遠ざかって、瞼が強制的に閉じていく。  だが、だめだ。ここで眠ってはいけない。なぜなら。 「返事をしてください! イスラ! イスラ!!」  ブレイラがイスラを探している。声が近づいてくる。  こんな姿を見たらきっとブレイラは泣いてしまう。胸を痛めて、悲しんで、たくさん泣かせてしまう。  でも、体はぴくりとも動かせなかった。 「――――っ、イスラ!!!!」  茂みを掻き分けてブレイラが姿を見せた。 「イスラ! イスラっ!!」  イスラの名を叫びながら駆け寄ってくる。  ブレイラが赤く染まったイスラの体に縋るようにしがみ付いて、何度も、何度もイスラの名を繰り返した。 「イスラ! しっかりしてくださいっ、イスラ!!」  ブレイラが泣いている。  イスラの血で頬やローブを赤く染めながら、イスラに抱きついて泣いている。 「…………ブレイ……ラ……」  イスラはなんとか声を振り絞った。  声はとても小さくて掠れていたが、少しでもブレイラを慰めたかったのだ。 「イスラ!! イスラっ……!!」  ブレイラがイスラの頬に手を添えて顔を食い入るように見つめてくる。  イスラも見つめ返して、目が合う。  どうしてだろうか、こんな時だというのに、ブレイラが泣いているのに、ブレイラを見ていると胸の奥がじわりと温かくなった。  柔らかな温もりに包まれていると急速に意識が遠ざかる。  大丈夫だとブレイラを安心させたいのに、イスラの意識はそこで途絶えた。 ◆◆◆◆◆◆
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