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「ブレイラ……」
ブレイラは泣いていた。張り詰めた顔でベッドの方を見つめ、イスラ、イスラと震える声で繰り返している。
「お願いします、イスラを助けてくださいっ。お願いします、お願いします……!」
お願いしますと繰り返すブレイラの声は涙に濡れていた。女官が側にいなければ膝から崩れてしまいそうな、そんな不安定な悲壮さでベッドの方を見つめている。
それはゼロスが初めて見たブレイラの姿だった。
いつもブレイラは綺麗で、優しくて、いい匂いがして……。それなのに、それなのにブレイラがたくさん泣いている。あんなに悲しい顔をしているブレイラを見るのは初めてだった。
「ゼロス、何をしている」
「あっ、ちちうえ!」
背後からの声にゼロスがハッとした。
ハウストがフェリクトールや側近士官を連れて歩いてきたのだ。
でもハウストもいつもと違っていた。怖いくらい厳しい顔をしていてゼロスの体が縮こまる。
「……ちちうえ、ブレイラとあにうえ、どうしたの?」
「お前は部屋に戻っていろ」
「で、でも……」
「後で呼ぶ。今は部屋にいろ」
ハウストはそれだけを言うと部屋に入って行く。
パタンと扉が閉じて、室内から「ハウスト、イスラがっ……」とブレイラの焦った声がした。
ゼロスは閉じられた扉をじっと見つめた。
今、この扉の向こうで大変なことが起きているのだ。
それはきっとイスラに関わることで、ブレイラがとても悲しそうだった。
でも今、ゼロスはとぼとぼ自分の部屋に戻る。
ゼロスも部屋に入りたかったけれど、入れなかった。入ってはいけないのだ。
ゼロスはとぼとぼ歩きながら大きな瞳にじわりと涙を浮かべた。
分からないことがたくさんある。自分だけ外にいるみたいで、寂しさに唇を噛みしめていた。
◆◆◆◆◆◆
カーテンに閉ざされた薄暗い部屋。
私はベッドの横に座って昏睡状態のイスラをじっと見つめていました。
私が人間界でイスラを発見した時、イスラは血の海に倒れていました。左腕を切断された状態で、途切れそうな意識を必死に繋ぎとめて、ブレイラと名を呼んでくれたのです。出血多量で気を失ってしまったけれどイスラは生きていました。
すぐにエルマリスの転移魔法でイスラを魔界に連れ帰り、上級医務官たちによって治療されました。しかしイスラの左腕を切断した短剣は特殊な力を宿していたようで、治療には魔王であるハウストの魔力も必要としたのです。
半日にも及ぶ治療の間も生死を彷徨っていたイスラですが、ハウストと医務官たちの尽力によって一命を取りとめました。
血の気のない青白い顔。薄く開いた唇から細い呼吸が漏れています。糸のように細い呼吸ですが、今はその呼吸一つ。微かに上下する胸の動き一つ、その一つ一つから目が離せません。
それはすべて弱々しいものだけれど私にとって一筋の光。止まらないように、消えてしまわないように、ただ縋るように見つめていました。
「イスラ、イスラ……」
胸が苦しくなって、名を呼んでイスラにそっと手を伸ばす。
汗で湿った前髪を指で横に流してあげると、額が露わになって、少しだけ幼い印象になりましたね。
早く目覚めてほしくて、アメジストのような紫の瞳で見つめてほしくて、ブレイラと名を呼んでほしくて、何度も何度もイスラの髪を撫でました。
ふと扉がノックされる。静かに扉が開いて、部屋に入ってきたのはハウストでした。
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