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◆◆◆◆◆◆
「イスラ、おはようございます。今日も良い天気ですよ」
耳に心地よく響いたのはブレイラの声。
イスラはまだ眠っていたかったけれど、ブレイラにゆさゆさと優しく体を揺すられて重たい瞼を開けた。
逆光に見えたブレイラの顔。朝陽が眩しくてよく見えないけれど、イスラの顔を覗き込むブレイラの口元は笑みを象っている。
「ん……、おはよう、ブレイラ……」
「よく眠っていましたね、目が覚めたら顔を洗ってきなさい。朝食にしましょう」
「わかった」
イスラは大きな欠伸をしながらベッドから降りようとするも、スカッ! 足が宙を空振った。床に足が届かなかったのだ。
「えっ!」
イスラはびっくりして自分の体を確かめる。
視界に映ったのは子どもの小さな両手と短い両足。ゼロスと同じくらいの大きさだった。
それだけじゃない、ここは魔界の城ではなかった。見覚えのあるここは、イスラが子どもの頃にブレイラと暮らしていた人間界の山奥の小屋。今のブレイラの格好も魔界の城で着ているような上等な衣装ではなく、貧しい頃に着ていた古着だった。
「ブレイラ、どうしてオレたちはここにいるんだ! どうしてオレはこどもになってるんだ! ハウストとゼロスは?!」
イスラは驚愕してブレイラに詰め寄った。
その勢いにブレイラが目を丸める。
「いきなりどうしたんですか? あなたは最初から子どもでしょう。それに、ハウストとゼロスって誰ですか?」
「えっ?……」
「まったく、寝惚けているんですか? ぼんやりしていないで早く顔を洗って来てください。朝食が冷めてしまいます」
ブレイラはそう言うと早く顔を洗ってくるようにイスラを促す。
イスラは外の井戸で顔を洗うと、小屋に戻って椅子に座った。
テーブルには硬いパンと具材の入っていないカボチャのスープ。質素な料理だがイスラは懐かしさを感じていた。魔界の城で用意される朝食はもっと品数も多くて彩も華やかだ。
「……いただきます」
「どうぞ、ゆっくり食べなさい」
正面に座ったブレイラも食事を始める。
イスラは混乱していた。何がなんだか分からない。
でも。……ちらりとブレイラを見ると目が合った。
ブレイラは眩しそうに目を細めてイスラを見つめ、静かな微笑を浮かべる。
「スープのお替わりありますからね」
「う、うん……」
イスラがこくりと頷くと、ブレイラが嬉しそうな顔をした。
最初は疑問ばかりのイスラだったが二人で食事を進めるうちに楽しい気持ちになっていく。
それは懐かしい生活だった。まだブレイラと二人きりで暮らしていた頃の、二人だけの家族だった頃の、貧しかったけれどすべてが幸せだった頃の生活。
「そろそろ山にイノシシが出る季節ですから気を付けなければいけませんね」
「だいじょうぶだ、オレはつよい」
硬いパンを齧りながらイスラが答えた。
「ついてますよ?」とブレイラがイスラの口端についたパン屑を取って、可笑しそうに笑う。
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