第五章・星屑を抱いて

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「ふふふ、子どもが何を言ってるんですか」 「でも、オレはゆうしゃだから」 「勇者? なにをバカなことを」  ブレイラが笑いながら言った。  イスラは少しムッとする。 「オレはゆうしゃだぞ」 「いいえ、あなたは勇者ではありません」 「ちがう、オレは」 「あなたは勇者ではありません」  ぴしゃりとブレイラが遮った。  その強い口調にイスラがハッとしてブレイラを見ると、――――ポタリ、ポタリ。ブレイラは琥珀色の瞳から大粒の涙を零していた。  テーブルにポタリと零れ落ちるほどの涙。大粒の涙が止めどなく溢れて、頬を濡らして、ポタリ、ポタリとテーブルに落ちている。 「ブレイラ……?」  さっきまでとても楽しそうな顔をしていたのに、今のブレイラは胸が苦しくなるほど悲痛な顔をしていた。  泣いてほしくなくて、いつもみたいに眩しそうに目を細めて笑ってほしくて、イスラは慰めようと手を伸ばそうとしたが。 「え?」  左腕が、無かった。 「ッ、わあああああああ!!!!」  衝撃にイスラは絶叫し、意識が一気に浮上して覚醒する。  でも目を見開いたのと、抱き締められたのは同時。 「――――イスラ!! イスラっ、イスラ……!!」 「ブレイラ……」  意識を取り戻したイスラを抱き締めたのは、魔界の城で暮らしているブレイラだった。  ブレイラは泣きながらイスラを抱きしめたのだ。  突然のことにイスラは驚いて目を丸める。でもブレイラを慰める為に抱きしめようとして、左半身に違和感を覚えた。  その違和感にすべてを思い出す。  そう、左腕を失っていたことを。  信じた人間に……裏切られたことを。 ◆◆◆◆◆◆  イスラの治療が終わって一日が経過しました。  女官に休むように言われましたが、イスラが目覚めるまで休むつもりはありません。  イスラの頬にそっと触れると顔が熱くなっていて、薄っすらと汗が滲んでいます。一命はとりとめたものの容態は不安定で高熱がでているのです。  水に濡らした冷たい手拭いでイスラの汗を拭いてあげます。 「ぅ……」 「イスラ?」  小さな呻きが聞こえてイスラを見つめる。  食い入るように見つめていると、イスラが悪夢に魘されているかのように眉間に皺を作っていました。  心配になって声を掛けようとしましたが、イスラの目がカッと見開く。そして。 「ッ、わあああああああ!!!!」  突然、昏睡状態だったイスラが悲鳴のような絶叫をあげました。  でもそれは意識を取り戻したということ! 「――――イスラ!! イスラっ、イスラ……!!」  堪らなくなって、感極まって、イスラを抱き締めました。  イスラが目を丸めて、「ブレイラ……」と小さく呟いてくれました。  私の名です。イスラが私の名を呼んでくれました。生きているから呼んでくれたのです。  視界が涙で滲んで、頬を濡らしてポタポタと落ちていく。  イスラの顔を覗き込んで、その顔をじっと見つめました。視界が滲んでしまうので何度も目をパチパチさせて、じっと、じっとイスラの顔を見つめました。  可愛いお顔ですね。子どもの頃よりずっと凛々しくなって大人の顔付きになったけれど、子どもの頃から変わらない可愛いお顔です。 「イスラっ……」  イスラを両腕で抱き締めて懐に閉じ込めてしまう。  もう離したくありません。このままずっと抱き締めていたい。 「イスラ、あなたが無事で良かったです。よかった、ほんとうにっ、よかったです……!」 「ブレイラ……。ブレイラに、会いたかったんだ……」  イスラがゆっくりと右腕を上げて私の背中に回しました。  ぎゅっと力を込められて、また涙が溢れてきます。 「私もです。私もあなたに会いたかったんですっ……」  イスラ、イスラと震える声で何度も名を呼びました。どれだけ呼んでも足りないのです。  このままイスラがまた眠りに落ちるまで、ずっと抱き締めて黒髪を撫でていました。
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