最後の子は

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 今日の昼間も、前田くんに 「今日、私暗くなってからあの道を帰らなきゃならないの」  と言ったら、 「そりゃ危ないな。非科学的な噂より、人間の変質者のほうを心配しろよな」  と言われた。  彼なりに心配してくれたのだろう。  日が暮れた。  いよいよ山道が真っ暗になった。  道がちゃんと続いているのかもよく分からないくらい。  ひたひた、と妙な音が聞こえてきたのに、私は気づいた。  後ろのほうからだ。  人間にしてはおかしい。  こんなに暗いのに、足音は速足だ。あれでは転んでしまいそうなものだ。  野犬とか?  そう思って、ぞっとした。  でも違う。  あの足音は、四つ足ではない。  二足歩行だ。  ひたひた、ひたひた。  音が近づいてくる。  私も足を速めた。  荒れた地面は舗装されておらず、土くれに何度も足を取られそうになる。  足音が近い。  横にのいてしまおうかと思った。  でも、今いる道から外れてしまうのが怖かった。もう二度とこの道に戻れなくなるような気がした。  私は、速足から小走りになり、ついに全力で走り始めた。  それなのに足音は近づいてくる。  息が荒れ、涙がにじみ、酸素を大量に取り込みたいのに喉が引きつって上手くいかない。  乱れた呼吸は、いつしか泣き声に変わっていた。  足音が速い。そして近い。もう、手を伸ばされたら服の背中をつかまれてしまいそうだ。  うわああああ、ととうとう叫んだ。  そして、つい振り向いてしまった。  同時に、名前を呼ばれた。 「奥野」  聞きなれた声だった。  私のすぐ後ろにいたのは、町田くんだった。  それまで抱いていた恐怖の代わりに、怒りが込み上げてきた。  町田くんは私が今夜、ここを通ることを知っていた。それで、こんないたずらを仕掛けてくるなんて。  許せない。大嫌い。  そう泣き叫びながら言おうとしたとき、町田くんが 「奥野、逃げろ」  と言った。間近で見たその目は、白目まで真っ黒で、光がなく、顔も完全に無表情だった。  そして、町田くんと、町田くんを抱えた闇色の塊が、私の横を通り過ぎて、飛びすさっていった。  私が、なにが起きたか理解したのは、ふもとの自宅が見えた頃だった。  町田くんは、私があの山道を通ると知っていた。  それで、恐らく噂というよりは変質者から私を守るために、後ろから見守ってくれていたのだ。  そのせいで、町田くんが、。  町田くんが唱えた「その日の最後の通行者を狙って襲うなんておかしい」という理屈は、なんの役にも立たなかった。  どうして私に声をかけて一緒に歩かなかったのかという疑問は、答えてもらう機会を永遠に失った。  町田くんはそれきりいなくなってしまったからだ。  町田くんのお母さんは、半狂乱になって学校に来たりしていた。  町田くんはお父さんもあの山で失踪したらしく、お母さんは泣き疲れると先生に抱えられて帰っていった。  裏山は何度か不審者狩りが行われ、通る人はほとんどいなくなった。  やがて私が高校生の頃には山ごと封鎖されてしまい、あの道は入り口を潰されて今はもうない。 終
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