最後の至福の時

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 前職は経営悪化に伴いリストラか早期退職を提示してきたのでしぶしぶ早期退職を受け入れた。不貞腐れてしまわないようのんびりしようと決めた。最後の住処として引っ越しもしてきたのについていないな、とため息をついていたところだった。 「気になったというか。ずいぶんと悲惨だなと思いまして」 「悲惨。そんな感想を抱いた人は初めてですね。どうしてそう思ったのですか」  一人の少女が微笑みながら細長い何かを持っている絵。それを見て悲惨だと言う感想を抱く人間は本当に珍しい、というか初めてだった。  絵の前には一冊のノートが置いてある。先程の問いかけの説明文を見た人は一体何を持っていると思うか、と言うのを書き込んでもらうためのものだ。また、もしも花だったらどうして花を描いていないのかということに関しても思い思いに感想が書かれている。それを読むのが男の唯一の楽しみなのだが、悲惨だと言う感想はなかった。 「持っているものは間違いなく花です、そこの花瓶に活けられているものと同じでしょう。茎の特徴が一緒です」  まるで彼岸花のようにスッと真っすぐ伸びていて長いストローだと言われればそう見えてしまう。 「この花、油絵だから正確な描写ではなく厚塗りされているのでわかりにくいですけど。バラとかの類ではないですよね。ポピーっぽい」 「そうですね。資料が残されていないので何の花かはわかりませんが。ところであなたは花だと思ったのなら、なぜ花弁の部分が描かれていないと思います?」  客の男は二十歳前後くらいの若者だ。垢抜けていない子供っぽい雰囲気などなく、まるで戦場を生き抜いてきたような鋭い雰囲気があった。だから知りたくなった、彼はなぜそんな感想を抱いたのか。 「食べたんだと思います」  その言葉を理解するのにたっぷり二、三秒はかかっただろう。本気で言ってるのかと思ったが、青年はいたって真剣な顔をしている。 「エビルフラワーという意味じゃないですよ。文字通り食べるべきではない花をこの少女は食べたんです。食べたい欲求を抑えられなかったんでしょうね。そういう花、いえ衝動がこの世に存在するんですけどなんだと思います?」
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