最後の至福の時

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 今度は逆に館長が問われる。食用ではないのに食べてしまうという行為。彼ははっきりと「衝動」と言ってきた。何が彼女をそうさせるのか。それは確かに異常な行動だ、そんな行動してしまうのならこの少女はまともな状態ではない。しばらく考え込んだがハッとして目を見開いた。 「まさか、ケシの花?」  アヘンの原料となるケシ属。該当するケシはほんのわずかだが、確かに図鑑で見たことがあった。描かれている花瓶の花は自分もポピーによく似ていると思っていたが、ポピーもケシ科だ。 「アツミゲシ。モルヒネは花弁ではなく実に含まれますが、花を食べるという行為は我慢ができなかったから。おそらく末期状態だったんだと思います」  少女の顔は幸せそうだ。トロンとした表情で、もしこれに花があったら花を眺めている無邪気な少女に見えただろう。 「モデルの少女がずっと止まっているなんて無理でしょうね。暴れるし声は届かないでしょうから。この作者が恐ろしく記憶力の良い人間だったという可能性もありますけど。いつでもこの症状を見れる環境だったと考えれば、きっと」  青年は絵を見つめながらはっきりと言った。 「家族だったんでしょう」  シャンペルゼの年齢、性別、全てが不明だ。親子かもしれないし兄弟なのかもしれない。 「絵はいつだって後世が評価する、画家が描いている当時は貧しい。こんな状態の家族の絵を描いて売らなければいけないほど貧しかったんだと思います。この子は末期症状だったらガリガリに痩せていたはずです。でもとても健康的に描かれている。模写ではなく記憶を頼りに描いてます。でも確かに、この作者はこの子のことを愛していた」  絵に近づいて触らないようにしつつも一カ所指をさした。それは花瓶に活けられている花の一本だった。全て同じ花に見えるのだが色合いが微妙に違う赤い花を指差す。 「これだけケシの花ではありません。おそらくアネモネです」  一本だけ花が違うのは館長も気がついていた。しかし芸術には疎いので、油絵の厚塗りでそう描かれているだけだろうと思っていた。 「赤いアネモネの花言葉は、あなたを愛する。だから悲惨なんです。誰も報われない。この作者の愛情はきっともうこの子には届いていません。この子も自分の世界しか見えていない」  初めて見たというのに鋭い観察力と推察力だ。つじつまもすべてあっている。しかしその言葉を聞いて館長は同じ感想は抱かなかった。
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