最後の至福の時

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「そうですか、確かにそうなのかもしれません。私は今の話を聞いて、とても愛情深い絵だと思いましたよ」  青年は館長の話を黙って聞いている。自分の意見を押し付けるつもりはなくあくまで自分の感想言っただけだ。館長がどんなことを考えたのか、静かに次の言葉を持っていた。 「花瓶の中に一本だけアネモネを入れていたら、この子はすごく怒るでしょう。たぶん入っていなかった、絵だけに描かれた創作です。それは確実にシャンペルゼからのメッセージでしょう。たとえこの子に届かなくても『私は確かにあなたを愛している』と。絵に残すことでその場では伝わらなかった愛を何十年、何百年と残すつもりで描いたんだと思います」  絵を見てどんな感想を抱くのかは見た人がどんな人生を歩んできたのかによる。まだ二十年弱しか生きていない青年と、六十年生きてきた館長。生きてきた時間の長さだけではなく、どれだけ自分の頭で考えて学んできたか。  青年はおそらく普通の二十代の男性に比べると様々な経験をしているに違いない。悲惨だと言う感想は言ったが「可哀そうだ」とは一言も言っていないのだ。冷めた表情、冷たい目で絵を見つめていた。「家族」というものに対してあまり温かい感情を持っていないのかもしれない。 「面白いですよね。同じ解説を聞いて感想がはっきりと分かれる。真実を知っているのは作者だけで、俺たちがああだこうだ言ってもただの想像でしかない」 「その通り。だからこそ絵は面白いんです。鏡と一緒ですよ、その人の考え方や人生そのものによって見え方が変わる。正直に言うとね、あなたの話を聞くまではこの少女の笑顔が少し不気味だと思っていたんです。うつろな目をして怖い絵だと言われれば納得してしまう。でも今の話を聞いてなぜこの少女が笑っているのかいろいろ考えさせられたら、全く怖くありません。愛情に溢れています」 もしかしたら、少女がいつか絵をみてメッセージに気づくかもしれない。 もしかしたら、少女は悲しい最期を遂げて絵の中でのみ幸せに生き続けるのかもしれない。 もしかしたら……シャンペルゼは愛する家族を救えなかったことに悲観したから、この絵を最後に筆を置いてしまったかもしれない。
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