最後の至福の時

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「少女は確かに花を愛でている、一方的で救われない愛です。作者も少女を愛している、絶対に届かない報われない愛です。でも、こうして他の人が見るとそこにいるのは無邪気な少女だ。愛のメッセージ入りのね」  シャンペルゼが残した最後の一枚は、ただ描いただけの人物画ではなかった。愛と、葛藤と、悲痛な叫びをこの絵に込めている。思いがこもればこもるほど厚塗りになったのだろう。 「芸術には全然興味なかったけど、人とうんちく比べをするのが醍醐味なんですかね、絵って」  そう言うと初めて青年は小さく笑った。それは「参りました」と言っているかのようだ。どうやら館長の言葉に納得してしまったらしい、自分の考えよりも。 「失礼ですがお客様のご職業、普通のサラリーマンではないでしょう」  これだけ観察力に優れているのだ。それを生かす職業についているのだろうなと思ったら、警察だろうかとも考えた。青年は苦笑いのような笑みを浮かべながら小さく頷く。 「探偵事務所で働いてます。経理で入ったんですけど最近は普通に探偵業務もやらされるようになってきました。今日は仕事で近くまで来たんです」 「なるほど、納得しました」  ここでようやくお互い名前を含めた自己紹介をした。館長は清水と名乗り青年は中嶋と名乗った。事務室に招きコーヒーを振る舞う。本格的なドリップコーヒーがあり中嶋は驚いた。趣味で始めたらのめりこんでしまって、と言う清水のコーヒーはとても美味しかった。  世間話がてら自分の定年あたりの話と、ここはもう間もなく閉館される話をした。すると中嶋はいたずらっ子のようにニヤリと笑う。 「清水さんって穏やかな雰囲気ですけどバリバリのやり手だったのではないですか。相手の心情に寄り添って人を動かすのがうまそうだ、けっこうな数の部下がいた上司だったのではないですか」 「そんなことまでわかるんですね。システムエンジニアとして働いていました。リタイヤ直前の五年位は若手育成のために新人教育をやっていました」  その話を聞いて中嶋は突然どこかに電話をかけ始める。ワンコールで相手が出たらしくすぐに会話を始めた。 「もしもし。探してたエンジニア系の人見つけたからこのまま話進めて良い? ああ、なんかすげえ人見つけた。あ、そ。へーい」
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