最後の至福の時

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 目を丸くしていると中嶋はカバンから何かを取り出した。A4の紙に書かれていたのはまるで近所で夏祭りがありますとでも書いてあるかのような、なんともファンシーな雰囲気の求人広告だった。 「うちの所長が作ったクッソセンスのない求人広告。これで募集かけたいって言ってきたから眉間にチョップ食らわせたんですど、詳細はこれ読んでください」  確かに微妙にセンスはない。しかし業務内容と給与、求める実力はしっかり書かれている。 「は、えーっと。要するにヘッドハンティング、とは違うか。勧誘されてるってことですかね?」 「勧誘というか、たった今面接が終わったって感じですかね?」  その言葉を聞いて清水はとうとう我慢できずに笑い出した。書かれている内容はなんとも面白そうで給料も悪くない。要するに「危ないことばかりしているから警察と依頼者と調査対象に恨まれないようにシステムやセキュリティーをしっかりしたい」という事だった。そのためシステムエンジニアがあと三人は欲しいらしい。 「二人は目星がついてるんですけど、一人は女子中学生でもう一人は二十代後半の男性。女の子は高校生になったらバイトって形で働いてもらう予定です。育成という観点でマネジメントができる人を探してたんですよ。清水さんなら太鼓判です。ついさっき、俺も人生の教育を受けましたからね」 「あははは」  ひとしきり笑った後深々と頭を下げながらよろしくお願いします、と言った。連絡先を交換して、まだ仕事が終わっていないのでひとまず帰ります、と中嶋は美術館を後にした。  一人残った清水は絵を見る。もしかしたら。ひょっとすると、シャンペルゼが描いてきた絵はすべてこの少女の為だったのではないか。風景画はこの子に見せたい風景、人物画はいつか少女を描くための練習台。そして念願の少女を描いて、きっと筆をおいた。  絵のタイトルは「持つ少女」などではない。ラベルプリンターでシールを作り、説明文の一番上に張り付けた。 「最後の至福の時」  少女と過ごす時こそ、きっと幸せだった。こんなタイトルをお客さんが見たらなにそれ、と思いそうだがおそらくもう客は来ないだろう。自分の為だけのタイトルだ。  清水は感謝する、ここが最後と決めていたが悲しくも深い愛のこもった絵があったからこそ次の人生が決まった。 ――あなたの絵は確かに、メッセージが強かった。人の生き方を変えるきっかけを与えるほどに。  この絵を最後に他の絵は見つかっていないのは、果たして少女とシャンペルゼどちらの命が先に尽きたからだろうか。どちらにしろこの絵に込めた思いは、確かに届いた。  絵は市の持ち物なのでオークションにかけられることが決まっている。それまでの時を共に過ごそう。それは間違いなく至福の時だ。
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