最後の至福の時

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 古い美術館の一番奥に飾られた一枚の絵。立派な美術館などではなくその地域に建てられたこぢんまりとした美術館には、ある絵画がずっと飾られている。 「持つ少女」  なんとも中途半端な呼ばれ方をしている。それもそのはず、その絵画には一人の少女が横向きで描かれていて手には何かを持っている。しかしそれが何なのかわからない。うっすらと細長い何かを持っているので茎を持っているのではないかと言うのが一般的である。  被写体を目立たせるためであろう背景は薄暗い、バックに描かれた花瓶には赤紫色の花束が活けてあるのでおそらくその花を一本持っているのではと思われている。  茎だけを持って花弁のあたりは何もない。これを描いた画家はシャンペルゼと言う。有名ではないが、マニアの間で人気があるらしくオークションでは数十万の値がつくらしい。描いた絵は風景から人物様々で厚塗りの油絵が特徴的だ。はっきりとした輪郭よりも混ざりあうようなぼやけた描き方でモネを思わせる。  そして人気の理由として正体不明という点があった。絵の具の鑑定結果から百年から百五十年前のものらしいが、当時は無名だったらしく資料が全く残っていない。この絵が最後の絵とされている。客寄せの為に市が買ったものだ。  地方ということで美術館に来る客はいない。たまたま用事があってここに来た一人の男が暇つぶしに美術館に入ると、その絵の前で足を止めた。館長が自分で作った絵の説明文には「あなたは何を持っていると思いますか?」と書かれている。一枚の絵を見るにしてはずいぶん長いこと経っていたので、館長が近寄って声をかけた。 「なぞなぞのような説明文になっているので気になりましたか?」  早期退職して間もないころに、誰かここの美術館の管理をやらないか募集していたので男は応募した。実際は掃除や雑務ばかりだが。入館者が少なすぎるため経理などあらゆることをこの男性一人で行っている。外に置いてある自動販売機の方が月の売り上げが一位だ。  だがそれもあと一か月で終わる。急遽決まった美術館の閉館、片付けをするようにと要請も来ている。市は子育てに力を入れているのでここは児童館として改装されることが決まったのだ。
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