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 中学最後の夏休み、高校受験を控えての公開模擬試験は散々だった。  よりによって何故、模試の前夜に告白などしてしまったのか。しかも相手は十三歳離れた実の叔父で、この気持ちは絶対誰にも明かしてはいけないと、何百回何千回と誓った筋金入りの禁忌のはずだった。  試験中、問題を読みながら、気が付けば意識は前夜に飛び、とてつもなく大きな後悔を伴って、叫び出したいほどの感情を抑え込む有様だ。  つまりはまるで集中できず、ほとんど問題を解けなかった。選択式の設問だけかろうじて当てずっぽうで欄を埋めた。こんなことなら急病と偽ってでも模試を欠席すればよかった。  春斗(はると)の父である木塚(きづか)椿(つばき)はストレートで医大に合格し、最短で医師免許を取得した秀才だと、褒めそやす者がいまだに引きも切らない。木塚医院は祖父が開業した病院で、父は二代目の院長だ。そのため、春斗も将来は医者になるのだろうと昔から言われ続けている。  自意識過剰という自覚はあるものの、それだけに今回の模擬試験は地元から遠く離れた会場をわざわざ選んだ。知り合いが誰もいない方が精神的に楽だと思ったからだ。電車とバスを乗り継いで一時間近くかけ、縁もゆかりも無い県立高校までやってきた甲斐あって、同じ学校の中学生は一人も居なかった。そこまでは計画どおりだ。  結果からすれば、こんなに失意に満ちている時に、誰かと本音を隠して表面上の会話をする気力はなかったので、我ながら先見の明があったとも言える。一方で、万全の状態で臨めないなら何のためにわざわざ遠いところに来たのか、という羞恥に苛まれもした。  学校を通して申し込んだことから、この日の試験結果は教師の知るところとなり、場合によっては他の生徒の耳にも入るかも知れなかった。彼らが春斗の成績についてどう思うか想像するだけで暗澹たる気持ちになった。  願わくば一刻も早く帰宅したいところだったが、悪いことは重なるもので、土曜日の路線バスは本数が少なく、次に到着するのは一時間半後のようだった。  見たところ、辺りには時間をつぶせそうな場所が何も無い。夏の炎天下、バス停の前で長時間何もせずに立ったままバスを待つのは耐えがたかった。  朝、来た時はここまで十五分くらいだったので、歩いたとしても次のバスを待つよりは早く駅に到着するだろうと思った。歩けない距離でもないことから、春斗は一歩を踏み出した。
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