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「痛いよ。爪を立てるな」 「お願い」 「自分が何を言ってるか分かってる? お前は十五歳で、俺はお前のお父さんの……」 「葵さんが好き。葵さんじゃなきゃいやだ」 「ばれたらどうなると思う?」 「ばれない。内緒にするから。俺だってこんなことばれたら困る」  はあ、と何度目かのため息を吐かれた。 「言うまでもないけど、未成年ってだけでも犯罪なんだよね。しかも俺の今の職業は教師で、お前は中学生で、兄貴の一人息子で、つまりは俺の甥で、兄貴はお医者さんで開業医二代目で地域の名士みたいなもんなわけよ。それで、俺もお前も男な」  そんなことはどれも言われなくても分かっている。だから悩みが深いし、どうにかするための「泣きの一回」なのだ。 「どこをどうつついても蛇しか出ない。リスクが高すぎるだろ」 「だけど、帰っちゃうんでしょ?」  四トントラックが唸りを上げて、邪魔だと言わんばかりにすぐ脇を通り過ぎて行った。実際通行の邪魔なのだろう。  ワイパーが規則正しく動いて、フロントガラスの雨だれをまとめて流れ落とす。さっきより雨脚が落ち着いたように見えるが本降りの雨はまだやみそうになかった。 「東京に行ったらもう会えない」  自分の言葉が跳ね返って刺さり、悲痛な思いが増してくる。 「黙ってたらばれない。二人の秘密にしよう、葵さん」 「お前はねえ……」  ばらばらと再び大粒の雨に変わり、車の天井から賑やかな音がした。春斗は身を堅くして、聞くとも無しに雨音を聞いていると、葵の右手が、春斗の手の甲をぽんぽん叩いた。手を離せ、ということだと分かり、諦めて従った。  葵の左手首がうっすら赤く染まっているのを見て、春斗は罪悪感を胸に、おずおずとシートに座り直した。  本当に、自分はどうしてしまったのだろう。  クラスの友達が騒いでいるグラビアアイドルの写真を見てもなんとも思わないのに、風呂上がりの葵が洗い髪をタオルで拭いている仕草に欲情する。日によってはそれだけで勃起することもあるから、最近は葵のバスタイムに合わせて自室に籠もるようになっていた。 「なんで俺なのか、いまだに分からないんだけど」 「好きの理由なんて、俺にも分からないよ」 「……そう。ま、いっか」  葵は身を起こすと方向指示器を右に上げ、出発の合図をする。 「兄貴達になんて言うか、お前も一緒に考えろよ」 「……え、じゃあ」  喜色満面の春斗をよそに、二人を乗せた車は再び走り出した。
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