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「そうなんだ。やっぱり帰りたくないって。うん、今一緒に居る。夕飯はさっき食べた。……うん、うん、わかった」  電話を切った葵は、そのままスマホの電源も落とした。 「電源、切っちゃうんだ」  だから電話をかけても通じないし、メッセージアプリもしばらく既読にならなかったりするのか、と腑に落ちた。 「いやなんだよ、何かしてる時に中断させられるの。それよりもお前、口裏合わせろよ。ハルは今日はひどく落ち込んでて、家に帰りたくなくて、だけど俺になら相談したい、話を聞いて欲しい、ついては落ち着くまで、気分転換のために近くのホテルで宿泊するってことにしたから。……ああ、最後がなあ、無理があるんだよなあ」 「誰にも聞かれずに話ができるところ、イコール、ホテルってのは?」 「……それだけで宿泊までするか?」 「家に帰りたくないから、ホテルに」 「なんでそんなに帰りたくないのよ」 「えーっとお」  早速詰まってしまうと、長い指でおでこをつつかれた。 「模試の手応えが良くなかった。勉強のことで悩んでいる。木塚椿の息子ともあろう者がこんな成績なんて、とても親に顔向けが」 「……ちょっと。今日は失敗したけど普段はそこまでひどくないよ」 「あのな、兄貴は多分どうにでもなる。基本的に善良で、なぜか俺に甘いからな。だけど義姉さんは勘がいいから気をつけろ。……俺も気をつけないと」  二人はあれから足を伸ばして衣料量販店で春斗の着替えを買い、ずぶ濡れの服から着替え、夕飯を食べ、ドラッグストアに立ち寄った後に、街中のチェーンホテルにチェックインした。  ラブホテルに行ってみたかったと告げると怖い顔をされた。それだと万が一の時に言い逃れが出来ないし十八歳未満は不可だと言うのだった。  交代でシャワーを使い、人心地ついたところで、葵は家に三回目の連絡を入れた。  一回目は濡れ鼠の春斗をピックアップしたとき、二回目は寄り道をしようと決めた時だ。夕飯を外で食べることはその時に伝えておいた。  葵はホテルの部屋に備え付けの浴衣姿で、ツインルームのベッドの上に座って作戦を練っていたが、春斗はだんだん落ち着かない気持ちになってきた。ちらりと葵に目をやると、それみたことかという顔をしていた。
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