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 駅の方向へ歩きながら、試験中と同様に春斗の気持ちはすぐに前の晩へと飛んで行った。  そして、うっかり口を滑らせてしまった告白をどうすればよいのか、堂々巡りを続けている。何度も反芻することで、ますます胃が重くなっていた。  事の起こりは、父の異母弟である(あおい)が帰省したことに端を発している。  春斗が小学一年生の時に祖父が亡くなった。死因は虚血性心疾患、心筋梗塞だった。朝になっても起きて来ないので、春斗の母が様子を見に行くと布団の中で冷たくなっていた。享年六十五歳、平均寿命を考え合わせても早い死である。  そのとき葵は大学二年生で、葬儀に出席するため東京から一時的に戻って来た。それを最後に八年もの間、一度も故郷に姿を見せることはなかった。正月にも法事にもだ。  椿は学会や研修でたびたび東京に行く機会があり、予定が合えば葵と会うこともあったようで、そのことを免罪符に実家に足が遠のいているようだった。  春斗はまだ子供の時分には、誕生日やクリスマスに葵からプレゼントが贈られてくるたびにお礼の電話をしていたが、小学校も高学年になってくると照れが先に立ち、また、葵があまり電話を好きじゃないことも分かってきて、そのうちメールやメッセージアプリでやり取りをするようになった。  顔の見えない、文字だけの通信手段だから、普段思っていることや悩んでいることを素直に表現できたし、葵から返事をもらうことで随分救われていたように思う。  子供の頃に一緒に暮らし、遊んでくれていた大好きなお兄さん。やさしくて恰好よくて、長じてもなお信頼し憧れている。  そんな気持ちのままだったら、これほど悩みはしなかった。  春斗は葵のことを好きだが、それは甥が叔父に対して持っていい感情ではなかった。気付いてからはひた隠しに隠してきたのだ。絶対に誰にも知られてはならない恋だと。ばれたら何もかもが終わると。  なのに、何故口にしてしまったのだろう。
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