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「ハル、アイス食べる?」
昨夜のこと、夕飯もそこそこに勉強していたら風呂上がりの葵が差し入れに部屋に来た。
「ソーダ味とゆず味どっちがいい?」
「ソーダ」
薄い水色の四角い氷塊が棒に刺さっている、定番のアイスを春斗に手渡すと、葵はもう一本の淡いオレンジ色のアイスにかじり付きながら、春斗のベッドに遠慮無く腰を下ろした。
「明日、試験なんだって?」
「そう」
突然の来訪を受けて春斗はシャーペンを置き、椅子に座ったまま葵の方に身体を向けた。
葵はサイズの大きいTシャツと、タオル地のハーフパンツというリラックスモード全開の出で立ちなのに、スタイルが良いせいかだらしなく見えない。風呂上がりのため少しだけ上気した頬が色っぽくて正視できず、春斗はむき出しの尖った膝にくらくらしながら目のやり場に困っていた。
まさか自分の甥が良からぬ感情をもって自分のことを見ているなどと思いもよらないだろう。そう思うと、ますます申し訳なくて、いたたまれなくなってくるのだった。
「夏休みなのに大変だ、受験生は」
「そうでもないよ」
「兄貴を引き合いに出されて、かったるいだろ」
「え」
「そんなことない? 俺の時はそうだったよ。あの椿先生の弟なのに、とか勝手に比較されてがっかりされたりさ。面倒だったから全部笑って聞き流してた」
春斗は口をつぐみ、アイスに歯を立てた。
「明日の模試をわざわざ遠い会場まで受けに行くって聞いたから。近くでも受けられるんでしょ?」
センシティブな話題はできるだけ避けたかった。
頑なに周囲に線を引いて過ごしている理由は、自分が抱えている恋愛感情に起因している。
優秀な父を持っていることは一因ではあるけれど、最大要因はここに居る叔父なのだ。何からばれるか分からないため、誰にも心を開けずにいる。
「明日、送って行こうか。車出してやるよ」
「え、いいよ」
「遠慮すんな。ほんとに遠いみたいだし、誰かと約束してるとかじゃないなら……」
「大丈夫。電車の時間とかも調べてあるから。ありがとう」
春斗がきっぱり断ると、葵はふっと顔を綻ばせた。その表情がはっとするほど可愛くて見とれてしまう。
「変わらないなあ、そういう頑固なとこ」
にこにこしながら葵は手にした氷菓をさくっとかじる。
「なにそれ」
「俺の記憶の中のハルは七歳なわけ。目の前に居る十五歳のハルとは、顔も声も身長も違うし、雰囲気なんかもまるで別人みたいに感じてたんだけど、性格はあんまり変わらないね」
ほっとした、と笑う葵を横目に、春斗は複雑な気持ちで顔を歪めた。
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