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「なんて顔してんだ」  葵は春斗を腕枕しようとし、はずみで春斗の身体に触れた。 「……お前、……勃たせてんじゃねえよ」 「違うよ、まだ勃ってない」  春斗は背を向けるように身体を捻ったが、背後から葵に抱きすくめられた。覆われるような体勢に、体格差を思い知らされる。 「ちょ、っと」 「まだって言うけど、これは結構来てるだろ」 「葵さんが触るからだよ!」  前に回された手が、確かめるように触れてくる。逃れようとばたばた暴れているうちに可笑しくなってきた。  ホテルのベッドで、同じ布団の中で、全裸の葵に抱きつかれている。こんな事はもう二度と起こり得ないし自分の人生において最良の出来事だ。 「若いってすげえな」 「だから、全部葵さんのせいだから。……ちょっ」 「すぐ完勃ちしそうじゃん」 「いいから! 触るな!」  数年来の友達同士みたいに、大笑いしながらじゃれ合うこの時間が、いつまでも続けばいい。  だけど、すぐに終わりが来る。夜が明けて、朝になって、ホテルをチェックアウトしたらエンドマーク。  ドラマやマンガでは、告白して付き合うことになったらデートしてキスしてセックスして、と次の段階へと続いていくが、葵との夜は全部乗せの一回こっきり、何もスタートなどしない。  承知の上でお願いしてもぎ取ったのだし、当然のことだ。明るみに出ないよう、すべての僥倖を自分の胸に秘めねばならないことも。  二人は笑い疲れて息を切らし、並んで暗い天井を見上げた。  窓の外では雨が降っている。  雨の音を聞くともなしに聞きながら、笑い過ぎて浮かんだ涙が春斗の眦から一粒流れて消えた。
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