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「寒いだろう。大丈夫か?」
ガチガチと歯の根の合わない自分がみっともなくて、頭からかぶせられた数枚のバスタオルを、感覚の無い震える手でぎゅっと握りしめ、うつむいた。
「大丈夫なわけないか。できるだけ飛ばすから、風邪ひくなよ」
春斗は素直に頷いた。
車のシートにもバスタオルが敷かれ、身体中をタオルにくるまれた状態で、その肌触りに安堵する。夏なのに、こんなに身体が冷えるとは思っていなかった。
「雨宿りするとか、少しは考えなさいよ。しかも土砂降りのなかを一人でとぼとぼ歩いたりして、危ないだろう」
「……ごめんなさい」
謝ると、「いいよ」と言う代わりに大きな手で頭を撫でられた。タオル越しなのに、あたたかい。
雨脚は一段と強くなり、車のフロントガラスを時折結構な量の水が流れ落ちた。到底ワイパーでは追いつかない。
薄暗い車内を赤信号が照らし、車が止まる。
頭を撫でたまま離れていかない手にどきどきする一方で、昨夜のことを思い出し、春斗は一層暗い気持ちになった。
「なにか悩んでる?」
葵の言葉は胸にすっと入ってくる。今はそれがつらかった。
「試験うまく行かなかった? それとも友達と何かあった?」
「……分かっててわざと言ってるの?」
自分でも、可愛くない答え方をしたと、口をついて出た言葉を耳で聞いて後悔した。こんな嫌味な言い方をしなくてもよかった。
それまで春斗の頭を撫でていた葵の手があっさり離れたことで、嫌われたのではないかと怖くなり、縋るように胸の内を吐き出した。
「どうしようもないって分かるでしょ。他の誰かに言えるわけないし、こんなこと」
窓を打つ雨の音が静寂を運んで来る。
春斗はばらばらとガラスを叩く雨音に耳を傾けて、葵のため息をやり過ごした。
「葵さんが好きなんだ」
ダメ押しのように口にする。葵がいやな気持ちになるのを知っていて、告げずにはいられない。
「頭の中は葵さんのことばっかだ。自分が気持ち悪くていやになるくらい。昨日言ったでしょ」
「俺かあ……」
葵が唸るのと、後続車からクラクションを鳴らされるのが同時だった。信号は青に変わっていた。
「いけね」と呟いて車を発進させる葵の横顔を盗み見た。
前を見据える瞳の動き、引き結んだ唇に、特別なものを感じて目が離せなくなる。
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