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「なんだよ、欲しいものでもあるの?」 「葵さんが欲しい」 「どういう意味?」  運転する葵は表情が変わらない。内心嘲っているのか気味悪いと思っているのか、どういう気持ちでいるのかがまるで伝わらない。 「俺のこと、抱いて。女の子にするみたいに」  キーッと音を立てて車が急停車した。その勢いで身体が前方に倒れるのを、葵の腕が伸びて支えられる。大雨で車間距離を取っていたためか、後続車から追突されることはなかったが少しだけタイヤがスリップした。  次の瞬間、喧しいクラクションを浴びせられ、数台の乗用車が追い抜いて行く。  はあ、と葵はハザードをつけ、止まった車のハンドルにもたれて大きく息を吐いた。 「事故るからやめてよ、そういう冗談」 「冗談じゃないよ」 「なお悪い」  気を取り直した葵はウィンカーを左に出して、ゆっくり走行し、道路の端ぎりぎりまで寄り、停車した。 「ええと、突っ込みどころがたくさんで、何から言えばいいのか……」 「一回だけでいいから」 「なんでそうなるの」 「一回してもらったら、多分気が済むと思う。そしたらもうこんなこと言わないよ」  春斗は手を伸ばしてシートの横に投げ出された葵の左手を握った。 「お願い、一回だけ」  顔を上げて言い募れば、困ったように眉根を寄せた葵が「うーん」と呻いた。 「あのねえ、……」  窘めるような固い声とともに、手をはずされそうになったので、そうはされまいとより力を込めた。
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