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「人生は色々よ。あなたにはご家族がいないようね。ずっとここで暮らせばいいわ。部屋も個室を用意してあげる。何不自由ない生活が始まるの。母を専属にしてあげるわ。はい、分かったら終わり」
母とはいったい誰のことでしょう。院長は私に投げキッスをしました。私の怒りは顔の表情だけで身体は何も抵抗が出来ません。それでも精一杯身体を動かしました。
「はい分かった分かった」
引っくり返った亀みたいにカタカタと動く私を馬鹿にしました。若い看護師はブレーキを解除して院長室を出ました。
「失敗したんだな、手術に、そうだろう?」
私は若い看護師に言いました。
「そりゃ何回かに一回は失敗もあるわ。その時々の運があるのよ。でも患者さんは幸せよ、個室で生涯を暮らせるのよ。お酒も少しならいいと院長先生が仰っていました。とっておきのワインがあるの。御馳走しますよ」
「ふざけるな」
私は怒鳴ったつもりですが身体に力が入らず、聞き手からすれば蚊の鳴くような声のようです。若い看護師は鼻歌交じりで廊下を進みます。新館から本館に繋がる通路は屋根がスレートの渡り廊下で繋がっています。本館は古い建物で壁のタイルが剥がれ落ちるのか建築用の青いネットが垂れ下がっています。鉄扉の前に老齢の警備員が立っていました。
「番号61番です」
若い看護師が老齢の警備員に伝えました。61番とはどいうことでしょう。もしかして私に付けられた番号でしょうか。老齢の警備員は頷いて南京錠を解錠しました。重い両開きのドアを開けると黴の臭いが鼻を刺しました。
「お願いします」
若い看護師が車椅子のブレーキを掛けました。
「おい君、私の病棟はまさかここじゃないだろうな」
「色々お世話になりました。61番さんはここで第二の人生がスタートするんですよ。じゃあばいばあーい」
代わりに車椅子を押すのはやせ細った老婆でした。本館に入るとスチールのドアがガシャンと締まりました。薄暗い廊下を進んで行くと天井にヤモリを見つけました。
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