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 呼び出しておきながら、陽一は政之の目を見る事ができなかった。    まだ何も話していないのに顔が引きつっているのが分かる。  上から糸で頬を引っ張られているのではと錯覚して、そんなわけないのに天井を確認してしまったくらいだ。  注文を告げて店員が去ると、政之が先に口を開いた。 「外のショーケースのサンプル、クオリティー低くなかった?全然食欲そそられなかったんだけど」  政之は思ったことをストレートに口に出すタイプで声も大きい。  しかし、辛辣な言葉もどこかまろやかに感じさせ、相手を必要以上に不快にさせない明るい人柄の魅力がある。  内向的な所がある陽一とは対照的な性格だが、二人にとってそれが甘い和菓子と渋いお茶のようにすこぶる心地良いのだった。    ちなみに陽一がこの店を選んだことに意味はない。  気負わないように平凡な店を探しただけだった。 「居酒屋以外で夜に二人でメシなんて高校以来じゃない?」 「そうかもな」  陽一はやはり政之の目を見ずに答えた。 「で、何ですかぁ大事な話ってのは?」  政之がおどけた口調で聞いてきた。     話の内容はまだ見当もついていないだろうが、賢明な政之は陽一のただならぬ緊張を悟り、リラックスさせようとしているのかもしれない。  がさつなようでいて、そういう気遣いが自然にできるのも政之の数ある魅力の一つだ。  陽一は言いにくい事を言おうとする時の癖で、右手人差し指で左耳の下を掻いてから口を開いた。 「お、お……俺達知り合ってちょうど41年だな」  本題に入れなかった。 「41年をちょうどって言うか?2桁以上の素数の時あんま言わないだろ」  陽一と政之は、41年間途切れることなく友情を築いてきた無二の親友同士である。  幼稚園で出会い、小中高も一緒。  次は離れるだろうと思った大学も、二人で第一志望の大学をせーので言い合ってみるとユニゾンになり、さらに学部学科も同じだと分かり笑い転げた。  そして二人して合格した時は無言で抱き合った。  就職先はさすがに別々になったが、勤務地も家も近かったので今も月一程度でサシで飲んでいる。  もはや家族以上の仲で、「親友」という次元ではない程の深い関係と言える。 「焦らさなくていいから大事な話ってやつをどうぞ」  政之が手の平を上にした右手を陽一に向けて促した。  陽一は心を決めるために10秒は間をとって口を開いた。 「ひ、洋翔(ひろと)は元気か」  口から言葉が出る直前に歯の裏に当たって戻ってしまったようにまたしても本題に入れなかった。  洋翔とは政之の息子の名前である。 「先週会ったろ。変わんないよ」  陽一は未だ独身だが、政之は一児の父親である。  25歳の若さで政之が結婚したのも驚いたが、相手が一回り年上の職場の上司と知ってさらに仰天した。   陽一と政之は女性の好みが似ていた。ざっくり言うと、容姿端麗でおとなしい女性がタイプ。  だが政之が選んだ和代は、性格こそおとなしかったが特段器量もスタイルも良いわけではない。  理想の女性像と実際に結婚相手に選ぶ女性は違うものなんだなと若い陽一は学んだ気分だった。     付き合い始めた頃から政之に和代を紹介されており三人で遊びに行くこともあった。  二人が結婚してからはさすがに頻度は落ち着いたが、今でも家に遊びに行くことがある。  それで先週は和代の誕生日会という名目でおジャマしたのだった。  57歳の何がめでたいのかと苦笑する和代は、自分の誕生日にかこつけて旦那が友人と飲みたいだけだと理解している。  高齢出産で授かった為まだ小学五年生の洋翔とはその時一緒にゲームをしたり勉強を見てやったのである。 「そんなに言いにくい事か。まさかキミぃ、金貸してってんじゃないだろな?」  チャラけた口調でまたも政之が仕切り直してくれた。  金の相談であることはすぐに否定した後、陽一はもうこれ以上引き延ばすのは親友に失礼だとついに意を決した。 「なあ、愛って色んな形があってもいいよな?」
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