1.見習いの剣士

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「よう」  休み時間。  また窓の外を見ながら時が過ぎてゆくのを待っているアシルにロイが話しかける。 「見習いを笑いに来たのか」  ロイの方には顔を向けることなく、窓の外の風景を眺めながらアシルはそう言った。 「まったく、見習いだろうが気にしないって言ったろ?そりゃ、一人だけっていうのは驚いたけど」 「そうか。一番驚いているのは俺だ」  ロイが自分を非難してきた訳では無いと確認したように、アシルはロイの方に顔を向ける。 「俺は思うんだけど、騎士になるってさ。なんか意味あるのかな」 「意味?」 アシルは険悪な表情から少し柔らかくなり、理解していない面持ちで問う。 「いや、だってさ。国防騎士軍に入ることって軍隊に入るんだろ?戦争とかも命を賭けないといけないことになるだろ?」 「まぁ、そうだが。貴族の家系として生きたいとか、色々あるんだろ」  ロイは答えを聞いても、理解できていないような表情をする。ふたりの間に少しだけ間があった後にロイがまた話を始める。 「貴族の家系?」 「騎士になるってことは、貴族として扱われることとなる」  剣術がすべての世界である。家族の中に一人でも軍所属の者がいれば、その家の国民階級は貴族として扱われる。故人となったことにより不在となれば、階級は落ちてしまう。  家系を貴族として繋ぐこと、その枷の下に剣術を学ぶ生徒も少なからずいるのが現状だ。 「あ〜〜、だから俺達は騎士を目指すわけだ」 「あ〜って、お前はそうじゃないのか?」 「そうだなぁ、そうといえばそうかもそれない。そうじゃないかもしれない」  深く追求することはしなかったが、『なんだそりゃ』と苦笑いではあるが、今まで見せなかった表情を露にしたアシル。 「まぁあれだ。そんなに気を悪くするなよ。見習いでもこの学園に入学できたってことは、それなりの剣術の腕が認められているはず」 「…………」  ロイが励まそうとしたが、残念ながらそれは逆効果となったようだ。柔らかくなった表情は暗く、悲しみの表情へと変わった。 「ロイ、その考え方は間違っているよ。俺がここにいるのは自分の意志じゃないし、そこまでの剣術の腕もない」 「自分の意志じゃ……ない?」  入りたくてこの学園に入ったわけではない。  それは数日前のことだ――。 『アシル!ちょっとアシル!』  部屋で本を読んでいると、母親が階段下からアシルを呼ぶ。 「なんだ?母さん」 「はい、これ」  読書タイムを遮られて不服そうな顔をしながら階段を降りていくアシル。  そんな彼に母親が手渡したのは、茶色い封筒であった。 「これ……は?」  母親は言葉を発することはなかった。ただアシルを見つめるだけだ。  真剣に…………。 「ティアハイト学園……って」  封筒から出してみると、A4サイズの厚紙が一枚入っていた。そこには『ティアハイト学園入学について』という文字が太字で書いてあった。 「母さん、ここって剣術の学校だろ?俺はそんなところ……」  拒否をしようと思ったが、できなかった。『それはもう決まったことだから、学園に通いなさい』という無言の圧力が襲いかかる。  やがて母親は背を向けて立ち去った。 『あなたには、あまり強制的なことはしないようにしていたけど、これだけは仕方ないの……』  アシルには聞こえないように、ドアの影で母親はそう呟いた。  これが、アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインがティアハイト学園に原因だ。   「でも、良かったじゃないか。剣術の名門に入れて」 「さぁな、そうといえばそうかもそれない。そうじゃないかもしれない」  そう言うと席から立ち上がり、教室の外へと出ていくアシル。 「おい、待てよっ!それ……俺がさっき言ってたこと……」  ロイは後を追うことはしなかった。彼は見習いという肩書きが嫌と思っていないし、むしろ良いように利用して逃げ道を作っていると感じたのだろう。 「剣なんて………」  廊下に出てそう呟いたのだった――――。  
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