序章

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 一年半前。その日、リーダルシアは天使との戦いで怪我を負った仲間の見舞いに病院に訪れていた。とはいっても、心配からではなく「様子を見に行ってやって」という首領の命を受けて、だったが。本当ならその時間を鍛錬に使いたいというのが本音であった。 「ジーンバルト。……シェンリエットもいたのか」 「あ? リーダルシアじゃん。珍しい。……いや、エイヴェル様に言われて渋々来たってオーラを少しは隠せよな」 「おう、リーダルシア。わざわざ来てくれたのか」 「ああ。首領に言われたから。怪我は大丈夫なのか?」  リーダルシアは手土産の軽い食事をテーブルに置いてから、ベッドに横たわるジーンバルトと、一足早く見舞いに来ていたシェンリエットに問う。シェンリエットがジーンバルト宛のそれに当たり前のように手をつけて食べ始めるが、リーダルシアはもとより当のジーンバルトもそれに突っ込むことはなかった。 「ああ。少しヘマやらかしただけだ。一ヶ月あれば治るってよ」 「一ヶ月もバルトと違う奴と組まされるとか、マジ勘弁なんですけど。それくらいならまだ一人の方がいいし」 「ははは、嬉しいこと言ってくれるねえ、シェリー」  シェンリエット・アギスとジーンバルト・リッチェル。この二人が親密な関係であることは、他者に殆ど関心を持たないリーダルシアでも知っていることだった。親子ほど歳が離れているが、どちらかと言えばジーンバルトが面倒見のいい兄、シェンリエットがお転婆な妹、という兄妹のような印象を抱かせる。風の噂で二人の過去を聞いたことがあるが、二人は似た境遇を持つゆえに今の仲になれたのだろうかとリーダルシアは推測する。 「……用は済んだ。私は帰る」 「おう」 「じゃあな」  シェンリエットとジーンバルトは軽く手を振るが、リーダルシアはそれに応じることなく踵を返して病室を去る。二人はもはや慣れたものだと咎めることはなかった。そしてリーダルシアが廊下を歩いていると、シーツ替えの途中なのか一つだけ扉が開いている病室があった。何の気なしにその病室を覗くと、シーツ替えの作業をしている看護師と、椅子に座ってそれが終わるのを待つ少女がいた。頭や腕、足に巻かれた包帯や右腕のギプスは痛々しく、薄い茶髪を胸まで下ろした可憐な容姿と合わせて儚げな雰囲気を醸し出していた。 「こんにちは」  視線に気付いた少女はリーダルシアの方を向き、微笑みながら挨拶をする。その柔らかな笑顔に、リーダルシアは足を止める。何もその笑顔に見惚れたからだとか、そういうわけではなかった。ただ、言葉にし難い何かを感じて、足を止めた。 「その怪我は……天使にやられたのか」 「……はい。私はレミール村という小さな農村に住んでいたんですが、天使に襲撃されて……私以外はみんな殺されました。途中で永遠の深淵の方々が助けに来てくれて、私だけは何とか一命を取り留めましたが……治すにはかなり時間がかかるらしいです」 「……そう、か」 「あなたは……?」 「私は永遠の深淵の戦闘員だ」 「戦闘員? 危険なのに、あなたみたいな若い人もいるんですね。すごいです。……あの、私はエリスレーデ・ランティスです。その……名前を、お聞きしてもいいですか?」 「何故だ」 「あなたを見ていると、何か……不思議な感覚になるんです。変な話なんですが……他人のような気がしない、というか」 「……!」  他人のような気がしない。会ってまだ五分と経っていない相手にそのようなことを言われても、普通は世迷い言だと切り捨てていただろう。しかし、リーダルシアもまた、少女――エリスレーデの笑顔を見た時、何か不思議な感覚を覚えた。これを偶然と片付けるのは乱暴だろう。 「リーダルシア……リーダルシア・アンチェスタ」 「リーダルシア・アンチェスタ……はい、覚えました! また会えるかは分かりませんが……絶対に忘れません!」  エリスレーデは明るい笑顔を浮かべる。その笑顔に、リーダルシアも無意識に口元を綻ばせた。彼女にとって久方ぶりの笑顔だったが、本人はそれを知ることがなかった。――それが、二人の出会い。
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