1章 天使と聖女

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 場所は変わり、シェンリエットはジーンバルトと共に商店街に出向いていた。目当ては花屋。二人は物騒な武器を携えているが気にする者はおらず、むしろ彼らの姿に目を輝かせる者も少なくなかった。この街に生きる者にとって永遠の深淵とは、聖教会が言うような叛徒ではなく英雄であった。 「おはようございます、シェンリエットさんにジーンバルトさん。そろそろいらっしゃる頃かと思って、準備しておきましたよ」 「いつもありがと。……うん、今日はいつもより花が綺麗だな。天使を退けたからみんな安心してる」 「ホントかあ? いつもと同じじゃないか」 「分かってねえな、バルト。花にも心があるんだよ。天使をブッ殺してみんなが喜んでるのを花も感じ取ってんの」  シェンリエットは女性が使うのははしたないと言われるような口調で話しつつもそれとは裏腹の柔らかな笑顔を花々に向け、どれにしようかと吟味している。花に囲まれ笑うシェンリエットを見ていると、彼女が携える武器が邪魔に思えてしまう――ジーンバルトが内心そんなことを考えていると、シェンリエットが二つの花を持ってジーンバルトの元へ駆け寄る。 「……何笑ってんのさ」 「いや、悪い。シェリーは血も似合うがそれ以上に花も似合うと思ってな」 「あっそ。ねえ、チビ達に持っていく花、どっちがいいと思う? 青いのがフリージア、白いのがスイートピー」 「俺が決めちゃっていいのか? ……んじゃ、フリージアで」 「よし」  やがて候補を二つにまで絞るも、どちらも捨て難いために迷ったシェンリエットは敢えて花に興味がないジーンバルトに判断を委ねる。そしてジーンバルトは直感で青いフリージアを選び、それを購入して花屋を去る。その足で二人が向かった先は、逆十字のオブジェが目を引く孤児院だった。 「あ、シェリー姉ちゃんとバルトだ!」 「シェリーお姉ちゃん!」 「よっ、チビ達。昨日は怖かったな……もう大丈夫だから安心しな」 「聞いてよシェリー姉ちゃん、昨日天使が来たらジェームズの奴泣いたんだぜ!」 「い、言うなよウィリアム! お前なんか漏らしたくせに!」  扉を開けると、各々遊んでいた子供達はそれまでやっていたことを放棄して我先にと二人――正確にはシェンリエットに駆け寄る。シェンリエットは跪いて子供達に目線を合わせ、一人一人の言葉に耳を傾けて言葉を返し、未だ先日の天使襲撃の恐怖に怯える数人の子供の頭を撫で、時には抱きしめてもう大丈夫、と伝える。 「ジーンバルトさん」 「おう、先生。シェリーは相変わらずの人気者だな」  自分に駆け寄る子供がいないこと、シェンリエットと違い呼び捨てにされたことに内心少し傷つきつつ、ジーンバルトは孤児院の従業員の女性に花を手渡す。 「仕事の日以外は毎日のように子供達の様子を見に来てくれていますからね。みんなも戦えない私達なんかより、シェンリエットさんの方を信頼しているところもあって……」 「ははは、それは由々しき事態だ」  互いに苦笑いし、シェンリエットと子供達を見守る。シェンリエットは普段はぶっきらぼうな態度ながらも、子供や天使に害された者にはこうやって素直な慈しみを見せる一面があった。 「こう見てると、元ラジス聖教会の修道女ってところにも納得できるな。……あ、今言ったのは内緒で。シェリーに怒られちまう」 「……はい」  思い返すのは、まだシェンリエットがよそ者だった頃。他の多くと同じように天使に対する憎悪は一人前ながらも天使との戦いに怯え恐怖していた雛鳥は、一年経った頃にはこの街に感化され、今や立派な戦士になっていた。しかしあの笑顔だけはずっと変わっていない――そんな懐古の時間は、鐘の音色によって壊された。
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