北斗星

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 2015年3月13日、この日も様々なニュースが流れている。見る人もいれば、見ない人もいる。見ている人は、今日1日に起こった出来事に耳を傾け、テレビで見ながら様々な事を考えている。  和幸(かずゆき)が見ているのは、鉄道関連のニュースだ。この日をもって、上野と札幌を結んでいる寝台特急『北斗星』が廃止になる。青函トンネルの開業とともにデビューし、多くの人々に親しまれてきた。だが、来年の北海道新幹線の開業を前に廃止になろうとしている。  ニュースには、上野駅で最後の北斗星を待ち、見送る人々の映像が流れている。平成に入って、多くのブルートレインが消えている。あさかぜ、さくら、みずほ、はやぶさ、・・・。どれも一昔前の鉄道図鑑にあった。だが、時代の流れの中で姿を消していき、ブルートレインは徐々にその数を減らしていった。そして今日、上野と札幌を結ぶブルートレイン『北斗星』が消えていく。 「北斗星か・・・」 「どうしたの?」  誰かの声に気付き、和幸は振り向いた。そこには息子の文幸(ふみゆき)がいる。文幸はパジャマを着ている。もう寝たはずなのに。トイレで起きたんだろうか? 「ブルートレイン、北斗星か・・・」  和幸はその様子を、何かを考えるように見ている。北斗星に何か思い出があるようだ。 「それが、どうしたの?」  文幸は首をかしげた。文幸は鉄道に興味がないようだ。北斗星という名前は、初めて聞いた。 「知ってるか? お父さん、これに乗って北海道から東京にやって来たんだよ」 「そうなんだ」  次第に文幸もニュースを見始めた。それと共に、和幸は北斗星に乗って東京にやってきた事を思い出した。  それは15年前の事だった。高校を卒業した和幸は、東京の大学進学する予定だ。寂しいけれど、東京には夢があり、豊かさを手に入れるためには行かなければ。  北海道の中心都市、札幌には様々な列車が乗り入れている。第2の都市、旭川へ向かう電車、東の網走や釧路へ行く特急、南の函館へ行く特急北斗、大阪まで行く豪華寝台特急トワイライトエクスプレス。とても賑やかだ。  そんな中、青い車体の客車列車が停まっている。上野行きのブルートレイン北斗星だ。デビュー以来、多くの人々に親しまれている看板列車だ。この頃は廃止の噂はない。だが、それ以外のブルートレインは徐々に廃止されており、最終運行になると多くの人がやって来るという。  和幸はすでに北斗星に乗っている。北斗星の行き先は上野。それを見ると、このレールが東京につながっているんだと思い、わくわくする。 「和ちゃん、頑張って来てね」  ホームには両親がいる。両親は和幸の両手を握った。和幸は笑顔で答えている。 「必ず立派になるんだぞ!」 「わかった! 頑張ってくるよ!」  と、発車のベルが鳴った。もうすぐドアが閉まる。両親は、和幸の手を離した。いよいよ別れだ。生まれてから住み慣れた故郷を後にする。そう思うと、少し寂しい。 「出発、進行!」  ドアが閉まり、DD51の汽笛が鳴った。そして、北斗星は走り出す。両親はその様子をじっと見ている。和幸は窓ごしから流れ車窓を見ている。 「さようならー」  両親は手を振っている。やがて、北斗星は両親の視界から消えていった。両親はじっとレールを見ている。離れていても、和幸とはこのレールでつながっている。だから、寂しくはない。  和幸はポケットから両親の写真を撮りだした。昨日、家族で撮った写真だ。故郷を忘れないように、そして、いつか帰ってくるようにと願って。 「お父さん、頑張ってくるよ!」  和幸は前を向いた。明日、北斗星は上野に着く。東京には夢がある。そして富がある。それをつかんで、大きく成長するんだ。  函館を出た北斗星は、青函トンネルに入った。いよいよ北海道を出る。そして、その先に本州がある。  翌朝、2段ベッドの上で目を覚ますと、そこは住宅街だ。もう関東地方に入っている。上野はもうすぐそこだ。 「これが都会か」  次第に並行する線路が多くなり、様々な色の通勤電車が並走し始めた。北海道と比べ物にならないほど長い。ここで生活するのかと思うと、わくわくする。 「こんなにたくさんの電車が」  日暮里に差し掛かろうとしている時、ハイケンスのセレナーデのチャイムが聞こえた。 「まもなく、上野、上野、終点です」  北斗星は定刻通り、上野に到着した。上野には多くの人々が行き交っている。札幌より多い。これが都会なんだ。この都会で、僕は夢を持って生きていこう。 「うえのー、うえのー、終点、上野です」  和幸は上野に降り立った。和幸は大きく息を吸った。これが都会の空気なんだ。この空気の中で、僕は大きな夢をつかむんだ。 「さて、これから頑張らないとな」  和幸は拳を握り締めた。これからもっと頑張って、成長しないと。そして、大きくなって、また故郷に帰るんだ。  文幸はその話を聞き入っていた。こんな過去があったのか。北海道には年末年始に行った事がある。だが、こういった経緯で東京に来たという事は知らなかった。 「そうだったんだ」  と、和幸は考えた。来年は北海道新幹線が開業する。東京と北海道が新幹線でつながる。青函トンネルを新幹線が通る。時代は変わっていくのだ。 「もうすぐ、新幹線が函館まで延びるのか」 「そうだね」  そして、和幸は消えていったブルートレインの事を考えた。昔、図鑑で見たブルートレインは、みんな消えていき、北斗星だけとなった。そして、それもなくなってしまう。同じ区間を走っているカシオペアもやがてなくなるだろう。時代の移り変わりとともに、ブルートレインは、夜行列車はなくなる運命なのだろうか? それはいい事か? それとも悪い事か? 「時代は変わっていく。そしてブルートレインは消えていくんだな」  和幸はすすけた鉄道図鑑を取り出した。そこには多くのブルートレインが載っている。だが、それらのほとんどはもうなくなった。 「図鑑で見て、色々あったんだけど、もうほとんどなくなってしまった。乗りたかったな。しょうがないんだろうか? これぞ盛者必衰だろうか?」  文幸はその図鑑を食い入るように見ている。消えたブルートレインを見て、文幸は何を感じるんだろうか?  翌朝、2人は尾久駅にやって来た。そこにはもう使われなくなったブルートレインがいる。その中には、昨日で廃止になった北斗星の客車もある。昨日まで乗客を運んでいた客車は、静かにそこにたたずんでいる。 「これが、ブルートレイン?」 「うん。でも、もう走らないんだ」  ブルートレインの横を、東北本線の電車が通り過ぎていく。電車には多くの乗客が乗っている。だが、誰もブルートレインに目を向けない。そして、ブルートレインは忘れ去られていくんだろうか? 「寂しいね」 「時代は移り変わる。そしてブルートレインはその中で消えていくのかな?」  鉄道による長距離移動は特急や夜行列車から新幹線へと移り変わる。その中で、人々は何を失っていくんだろう。そして、何を得るんだろう。その答えはわからない。
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