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青覽はそっと熱い息を吐いた。
満月の二日前。体は熱を持って、じっとしていられない。これが発香期なのか。
初めてのことで青覽はどうすればいいのかわからずに、気持ちが向くままに歩いている。
「くっそう、あのぼんくら貴族め」
涼し気な笑みを浮かべた男を思い出して、青覽は毒づいた。
「婚約者がいるなら、おれをこんなところに連れてくるんじゃねーよ」
先ほど、忘れ物を取りに食事の間へ戻ったところ、片づけをしながら家僕たちが話しているのを耳にはさんだのだ。
「それにしても若君は青覽様をずいぶんと気に入られてるな」
「ああ。最初に香種男子を見つけたと連れてきた時は驚いたもんだけど」
「でも若君は趙家のお嬢様と婚約してるじゃない。そっちはどうするつもりかしら」
「趙家の娘は来年、笄礼(けいれい)だ。予定通り結婚するさ」
笄礼とは女子の成人儀式で、髪を結い上げて笄(こうがい・髪飾り)を挿すことだ。笄礼の儀式を終えたら婚姻が許される。
「太太(タイタイ・正妻)は趙家?」
「当然だ。貴族の趙家を差し置いて、庶民の香種を太太にはできないだろう」
「ははあ。じゃあ、青覽様はどうなるんです?」
「どうもしないさ。姨娘(イーニャン・愛妾)としてこの離れで暮らすだろうよ」
「いいじゃないですか。香種の姨娘なら贅沢三昧ですよね」
冗談じゃない。
男の自分が姨娘になるなんて、どうかしてる。あいつはちょっと、いや、だいぶイカレてるんじゃないのか。
青覽は自分がここに来る元凶になった男を思い浮かべて、心の中で罵声を浴びせた。
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