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挙体芳香(きょたいほうこう)の香種
「おい、見つかったか?」
「いや、まだだ」
「まずいぞ、早く見つけ出せ」
広い館の奥まった一角を、家僕たちが青い顔をして走り回っていた。
「まったくなぜ目を離したんだ!」
「申し訳ありません。ここしばらく、ほとんど部屋から出られなかったので油断しておりました」
まだ十代半ばの下女が半泣きになって弁解する。
「食事の膳を下げるほんの短い間に、姿が見えなくなっていたんです」
「香種(こうしゅ)だぞ、館を抜け出していたら、どこでさらわれてもおかしくないというのに」
離れを任されている家令は渋い顔で下女を見下ろし、こめかみを揉んだ。
「まもなく発香期(はっこうき)だ、貴種(きしゅ)に会ったらとんでもない事態になる」
「門は固めた。外には出ていないはずだ」
「とにかく若君が戻られる前に見つけろ。傷ひとつでもつけたりしたら、たいそうお怒りになるぞ」
短く会話を交わして、廊下を走りだす。日頃は穏やかな若君が、この香種のことになると神経質なくらい安全に気を配っているのだ。
別の家僕たちは離れの庭の隅まで出て、必死の形相でぐるりと視線を巡らせている。
「香種って何です? 探し物を手伝うように言われて来たんですが」
まだ若い家僕が訊ねた。突然、奥の離れに呼ばれたものの、事情がさっぱりわからないという顔だ。
「何だ、お前は香種を知らんのか」
「すみません」
「まあ希少な種だから無理もない。香種はその名の通り、体から香りを放つ者で、その時期は非常に淫ら、いや、奔放になるというか……ああもう説明が難しい。とにかく外見は非常に整って、十七、八の見目麗しい者だ」
話を聞いていた若者は、要領を得ないように首を傾げた。
「はあ、見目麗しくて香りを放つ人間ですか?」
「いや、香りはお前ごとき凡人には感じ取れない。香種の香りがわかるのは貴種だけだからな」
「貴種って何です?」
また知らない言葉が出てきて若者は訊ねたが、相手ははあとため息をついた。
「その説明は後だ。とにかく非常に美しいし髪を結っていないから、見ればわかる」
「わかりました。見目麗しい、髪を下ろした男子を探すんですね」
イライラと睨まれた若い家僕はあわててうなずいて、廊下を駆けだして行った。
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