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その頃、探されている当人、陸青覽(ルゥチンラン)はふらふらと母屋の回廊を歩いていた。
さらさらと肩を流れ落ちるつややかな黒髪に、濡れたような黒い瞳。頬は薄紅色に色づいている。女子にも見えるほど美しい容貌だが、実際には男子だ。
離れの居室から出て、気が向くほうへと歩いてきたけれど、迷路のような広い館ですっかり迷ってしまっていた。
「ここ、どこなんだ?」
足を止めて中庭に目を移した。手入れの行き届いた庭園は広く、池を囲むように配置された木々は色づき始めていて、秋の気配が濃くなっている。
大きな池の水面が日射しを反射してキラキラ光っていた。池の真ん中には橋を渡した六角屋根の東屋(あずまや)が設えてあり、小さな円卓と椅子が見える。
あそこでお茶でも飲んだら気持ちがいいだろうと思うけれど、今の青覽はそこまで行く気力がない。
池には鴨が二羽、涼し気に泳いでいて、のどかな秋の午後の風情だ。
青覽も庶民にしては裕福な暮らしをしてきたが、喬国(きょうこく)王都、長寧(ちょうねい)の、貴族街に居を構える張家の本宅は、庶民の想像をはるかに超えて贅沢な造りをしていた。
「発香期って、こんなにフラフラすんのかよ」
熱に浮かされたみたいに頭がぼうっとして、足元があやしい。
子供の頃はしょっちゅう熱を出して倒れていた。大きくなるにつれて丈夫になったけれど、今もそれほど丈夫とは言えない。
青覽はまるで高熱を出したようにふわふわした心地で足を踏み出した。
羽織っている絹の長袍は色鮮やかな刺繍が入っており、これまでの生活では身に着けたことがないほど上等なものだ。その生地がどれほど高価か、染物屋で育った青覽はよく知っている。
実家を思い出すと、気分が沈んだ。兄と一緒に家業を継ぐつもりでいたのに、おれはなんでこんなとこにいるんだよ。
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