九死に一生を得る

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「アルフォード殿下」  俺の顔を覗き込む金髪の男性の名前を呼んだ。金髪碧眼は王族の印とも言える程、稀有なものだった。俺は目の前の第二王子の姿を目に映した。国民はもちろん、高位貴族にも将来を期待されていた彼に仕えることが俺の誇りだった。彼付きの騎士に選ばれたときが生涯で1番輝いていたと思える。  貧乏な庶民に生まれ、お金の為に騎士団に入った。俺の身分を気にすることなく、目をかけてくれる殿下にいつの間にか心が奪われた。この方を支える人物になりたいと必死に勉学と剣に打ち込んだことだ。同い年の彼に恋慕の情を抱いたのもその頃だったかもしれないが、ベッドに横になっている今は頭が働かなかった。 「イアン」  いつも人々の心を穏やかにした青い色の目は悲し気で、魅了していた声は苦悩に満ちていた。民を想っていた微笑みは彼の表情から消え失せ、青ざめている。剣の修行でできた傷のついた厚みがある手は俺の手を握っていた。ほんの少しだけ人肌の温もりを感じることができたが、握り返すことはかなわなかった。 「……殿下」 「無理に声を出すな。傷に響く」 王子に命令されても俺は震える唇で再度声を出した。唇に限らず身体中に寒気がして震えている。肩に負った傷だけが焼けるように熱い。 「……殿……下」 息を吐いたのか分からないような言葉は届き、呼ばれた本人は苦しそうに美しい眉を顰めた。 「どうした」 表情は辛そうなのに声は気遣っているかのように優しく聞こえてくる。それは消えゆく俺の妄想なのかもしれない。 「賊は……」 「騎士団が追っている。気にするな。お前は自分の傷を治せばいいんだ」 俺の傷は治らないだろう。今までにないような寒さは矢の毒が原因だと分かっていた。殿下があの矢に当たらなくてよかったと思い、力の入らない口元に笑みを浮かべた。 「何で笑っているんだ」 殿下の声が潤んでいるようだ。いつも自信に満ち溢れて輝いていた彼からは想像できないほど憔悴している。 「でんか……ど……か……」 口も回らなくなり、目を開けておく力もなくなって俺は瞼を閉じた。頬に温かいものが流れたのを感じた。殿下が俺の名前を呼ぶ声を遠くに聞きながら、こんなことが前にもあったことを微かに思い出していた。
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