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何かが破裂するような音が聞こえて、目を開けると真っ白で輝いている空間に立っていた。目の前には白い服を着ている男がいる。顔は覆面で見えないが、俺よりも背が高く、体つきが良いので性別は男だと憶測していた。
「おかえりなさい」
優しくかけてくれた声に無言で答える。微笑んだような息づかいが聞こえた。
「君に会うのは9回目ですね」
「はい」
「また同じような死に方をしてますね。1回目は猫を庇って馬車に引かれ、2回目はお嬢さんの代わりに毒を飲み、3回目は強盗から子どもを助ける際に頭を殴られた。4回目はまぁ言わなくても分かってますよね。今回は王子を庇って矢を受けた。他人の犠牲になるのがお好きなんですね」
呆れるように言われたが仕方ないのだ。その時の俺には9回の人生の記憶がないのだから。
初めて死んだ時もここに来た。来たのか連れてこられたのかは分からないが『死んだ』と思った瞬間、白い空間に立っていた。
「お疲れ様でした」
と声をかけてきた彼は自身を天の使いだと名乗った。1つの魂に10回の生が与えられ、最後の生に入る前に、1つだけ希望を言えるらしい。その話を聞いた時には何も理解できなかった。毒を苦しみながら『また人生が終わる』ことを思い出し、理解した。
どの人生も生まれた場所、出会う人たちはあまり変わらないことに疑問を持ったのは3度目にここに着いたときだ。
「なぜ生きる世界が変わらないのですか」
「一々変えていると調整が面倒だからです」
天の使いとは思えない言葉に返す言葉を見つける間もなく、俺は4度目の生を始めた。それぞれで生きている間は記憶はなく、死んでから自身に10回の人生があることや、それまでの生き方を思い出すのだ。
「10回目に願ったものを叶えるために様々な要素を変えますので、他にも影響が出ることはもちろんあります。あとは、度を過ぎた酷い目にあうのを避けさせる為にも手を加えます。何度も辛い人生を送るのは可哀想ですから。あなたの人生も全く同じではないのは、それが理由です」
友人の代わりに拷問を受けて戻ってきた俺に前回の説明を続けていた。一つの人生を挟んだことを気に留めずに、天使は自然に話し続けていた。あまりにも自然過ぎて、会話の間に人生を送っていなかったような気にさえなった。
「それで世界は進むのですか」
「もちろん。だからこそ君の世界にも歴史があったはずです」
同じ時を何度も過ごしながらも進んでいることが理解できない。俺が納得がいっていないことが分かったのだろう。彼の言葉は続いた。
「パラレルワールドは知っていますか」
俺は首を振った。
「ある世界で提唱されているものです。我々はそれを作っている最中だと思ってください」
知らないと首を振ったのに説明せず、むしろ『アナログでしょう』とまたよく分からない言葉を使ってため息を吐いた。
この場にいる時間は長くはないが、何度も人生を重ねると様々なことを知ることができた。覆面をしている彼以外にも天使がいること。白い空間は彼の好みで作られており、他の仕様もあること。10回目の人生は今までの記憶を持って行けること。誰かの最後の生の為に、大きく違う人生を送ることもあること。彼は『天の使い』であって『エンジェル』と呼ぶと不機嫌になり、『神』と呼ぶと恐れて震えあがることなど、役に立たなさそうな知識も増えた。
そして今、俺は9回目の死を迎えたところだった。
「でどうする?」
彼は軽い口調で尋ねてきた。まるでカフェに入って注文するものを訊くときのように重みのない尋ね方だった。
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