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大きな泣き声は赤子が産まれた時に発している声だった。本当に記憶持ちで生まれてくるのだなと、あの天使をやっと信用したような気がする。
「まぁ可愛い」
母は痩せた腕で俺を包み込んだ。前と変わらぬ優しさに自然と涙が出てきた。俺が若くして死んで、彼女も悲しんだことだろう。騎士団に入団したことをとても喜んでくれていたことを思い出した。
騎士団に入団するのは15歳から可能だ。この村にいる時から鍛錬をすれば、早くから殿下に謁見することができるかもしれない。俺は幼児期から昔の知識を使い剣の鍛錬をし始めた。
初めは『天才』だと褒められていたが、裏では『変な子』『ませた子』と不審な目で見られるようになった。前の記憶がある分、行動がおかしくなることがある。もしかすると天才や変人は記憶持ちだったのかもしれない。
「イアン、今日この村に王族がいらっしゃるらしいわよ」
薬屋のおばちゃんが咳止めの薬を包んでいる。母の病状が良くない。前には無かった症状も出ているようだった。あと5年で騎士団に入れる歳になるが、病弱な母を放っていきたくない気持ちもあった。
「王族?」
「そうそう、さっき来た商人が噂しててね。わたしは初めて見るよ、吸血鬼なんて」
怖がるように彼女は肩を抱いて震えた。前と違うのは母の病状以外にもあった。この国を支配しているのは人間ではなく、吸血鬼と呼ばれる種族だった。吸血鬼以外にもエルフやゴブリン、モンスターが存在していた。幼少期にその話を聞いた時『前には無かった』と発言してしまい、大人たちを困らせてしまった。モンスターたちは誰かがファンタジーな世界で生きたいと願った結果だろう。
「そんなに怯えなくてもいいと思います。この国も暮らしやすいですし」
「そうはいってもねぇ。血を吸うのだろう。南の都市では吸血鬼の貴族様が民を襲っていた話もあったじゃないか」
「でも、それを止めたのは王族の方です」
王族も貴族も吸血鬼だった。吸血鬼は長生きで、以前の物語と違って日の下も歩くことができる。血を吸うとその人物を仲間に入れることができるらしい。その為、吸血行為も厳しく法律で定められているので、目を合わせたからといって血を吸われることはない。
「いい人がいれば悪い人もいるように、吸血鬼にも善悪が混同していると思います」
アルフォード殿下はおそらく吸血鬼だ。彼を悪く言ってほしくなかった。
「イアン、あんたは本当に子供らしくないねぇ。もっと気楽にした方が可愛がられるよ」
彼女は包んだ薬包を俺に渡した。
「ありがとう」
俺は頭を下げて薬屋を後にした。
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