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「ここがイアンの家か」
質素な山小屋に着くと、彼は物珍しそうに見渡した。弟たちは家の隅から様子を伺っている。
「自然な香りがする家だな」
「まだまだ国を豊かにしていかねばならんな」
王宮の豪奢な場所とは大きな差がある家に居ることが申し訳なく、俺は肩を落とした。
「今日はイアンに会いにきたんだ」
彼は俺と向き合って、俺の右手を両手で握った。心臓がはやくなる。
「お兄ちゃんに?」
「知り合いなの」
隅の方で弟たちがコソコソと話している。殿下に手を振られると、彼らの目は輝いた。俺はその手を掴んで家の外へと出る。少し離れた場所に従者たちが待機しているのが見えた。
「どうして……ここに?」
彼らに聞こえぬよう小声で話しかけた。
「イアンに会いにきたのだ」
「何故、俺……私に」
アルフォード殿下に会うのは17歳の頃だった。騎士団の剣技大会で優勝した俺に褒美をくれたのが殿下だ。今回はまだ俺は何も活躍していない。
「イアンの願いを私たちの願いを叶える為だ。陛下と臣下がうるさく、少々遅くなってしまったがな」
「願いですか」
「最後に『アルフォード殿下とずっと幸せに生きること』を願ってくれたと聞いた。私もお前と共に生きていきたい」
「それは……」
天使が言った願いを何故アルフォード殿下が知っているのだ。そう思った瞬間、彼が記憶持ちだと理解した。
「殿下も10回目ですか」
彼は真っ直ぐ俺を見つめて笑った。その力強い目が肯定している。頬に彼の手が触れる。
「私はお前と共に生きたい。何度も、お前と出会ったどの人生でもそう思っていた。だが、いつもお前は途中でいなくなってしまう。今度こそ最後こそは私と共に生きてくれ。私との幸せを1番に考えて欲しい」
「俺は平民です。殿下とは身分の差があります」
「そんなことは問題にならない。前は私付きの騎士になっただろう。それに今回はお前を仲間にすれば身分は上がり、私の正妃になる。まだ成人ではないからすぐには噛まず、しばらくは王宮で一緒に教育を受けることになるだろう」
どうだと笑った口から尖った歯がのぞいた。
「正妃なんて……。それに私には家族がいます」
俺は家の方に目線を向けた。王宮の馬小屋よりもずっと狭い小屋に病弱な母と兄弟と住んでいた。
「彼らは私が保護しよう。母君も王都の医師に見せれば治るかもしれん」
「私と共に生きたくはないか?私の幸せはお前がいてこそ成り立つのだぞ」
大きな青い目は寂しげだった。彼がその目をすることが耐えられず、俺の口は動いた。
「生きたい。貴方と共に」
「ありがとう」
彼の腕にまた包まれて、胸が熱くなった。
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