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ノアが深海へと沈んでいったこの日、地球の人口は既に20億にまで減少していた。
しかし生き残った人々は、人類の未来にもう7年前のような絶望感を抱いてはいなかった。
それは、人類を絶望の淵に立たせていた、あのアロンウイルスが人類にとって有益なものだということが判明したからである。
アロンウイルスは感染の度に極度の高熱を発して人々を死に追いやっていたのだが、適切な治療によって高熱期間を乗り切れば死に至ることは無かった。
さらに、アロンウイルスは感染の度に強力に進化を遂げ、他のウイルスに対しても強い抵抗力を示すことが分かってきた。
アロンウイルスの感染者は他の病気にかかりにくい体になっていたのである。
さらに、他のアロンウイルスに感染する回数が二桁に達する頃には、感染しても高熱を発することが無くなっていった。
それだけではない、人々が一番驚いたのは、老化のスピードが極端に遅くなったことである。
まだ10年足らずのデータしか無い為、ハッキリと解明されてはいないが、老化が止まってしまったかのように見える人さえもいたのだ。
人々を絶望の淵に追い込んでいたアロンウイルスだったが、いつしか神からの贈り物とさえ呼ばれるようになっていた。
やがて、アロンウイルスは未感染者にも人為的に投与されるようになっていくのであった。
人類はアロンウイルスの脅威から解放されつつあった。
しかし、それでも人類絶滅の危機を回避出来た訳ではなかった。
荒れ狂う自然の猛威の前に、人類が生存出来る場所は、この時すでに陸地の10%程度しか残されていなかったのだ。
人類が破壊してしまった自然のサイクルを取り戻すことは、最早、不可能なことだと思われていた。
ソウイチはノアが沈んで行った海面を見下ろしながら、ウィルと自分に一体何が出来るのだろうかと、半ば諦め気味に考えを廻らせていた。
「博士、俺、絶対に地球を回復させてみせるからね!」
ソウイチはウィルの大きな声に現実に引き戻される。
ソウイチを見上げるウィルの真剣な顔には、失敗に対する怖れも、困難に対する不安もなく、ただ、人類の未来に対するウィルの明確な意思だけが表れていた。
これから訪れるであろう現実の未来を想定して今を生きるなら、想定した通りの未来が訪れてもなんら可笑しなことではない。
今、自分が望む未来を想定して生きる時にこそ、そこに未知の可能性が生まれてくるのだと、ソウイチはウィルに教えられているような気がした。
ソウイチが実体の無いウィルの頭の上に手を置くと、ウィルはそれに合わせて首をすくめる。
ソウイチはウィルの目を見ながら、小さく、ゆっくりと頷いた。
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