滅びゆく世界の中で(『wonder world』第22話より)

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「ソウイチ博士。多分ですが、嬉しいお知らせがあります」 ソウイチの少し思い詰めた表情を読み取ったウィルは、少し明るめの声でそう言った。 「ウィルが多分なんて言葉を使うとは珍しいな」 ウィルの思惑通りソウイチの顔に笑みが戻る。 「はい、未確認情報ですので断定することは出来ません。是非、博士の目で確認をお願いします」 ウィルはそう言うと、メール画面を開いた。 「勿体付けて、いったいなんだ?」 モニターに表示された十数件のメールの中の一つにソウイチの目は釘付けになり、手に持ったコーヒーカップを半ば無意識のうちにデスクの上に置いていた。 「最高機密レベルのセキュリティがかけられたメールがあります。差出人は『総合科学研究所アムノス』様です」 「ウィル!」 ウィルの名前を呼ぶソウイチの声は、少し上擦っていた。 「メールを開いてもよろしいですか?」 「あぁ」 ソウイチは緊張した面持ちでコクリと頷く。 モニターにアムノスからのメッセージが表示される。 「プロジェクト『ノア』のメインコンピューターに、ウィルの採用が決定致しました」 メッセージの見出しを読んだソウイチの中に言い表しようのない歓喜が沸き上がるが、興奮のあまり言葉が出て来ない。 ソウイチは喜びに打ち震えながらも静かに目を閉じ、これまでの困難な道程を噛み締めた。 「ソウイチ博士、おめでとうございます」 ウィルの声にソウイチはゆっくりと目を開く。 ウィルを見つめて微笑むソウイチの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 「ありがとう、ウィル」 そう言って再び目を閉じたソウイチだったが、その顔は次第に曇っていった。 「ウィル、これは誇れることではないのだ。私たち人類がやってきたことへの罪滅ぼしに過ぎない」 ソウイチは浮かれていた自分を戒めるようにそう言うと、深い溜息を漏らす。 ウィルはソウイチを否定も肯定もしなかった。 ただ、モニターに表示されたウィルの思考パターンが目まぐるしいスピードで変化し続けている。 ソウイチが言葉を続けた。 「私たち人類はこのまま滅びていくのであろう。それなのに、自分達が負えなかった責任を、ウィル、君に負わせてしまうことになるのだ。私は辞退しよ、」 「ソウイチ博士」 ウィルが強い口調でソウイチの話を遮る。 「さっき、私が永遠に生きることの方が大変だと言ったからでしょうか?」 「いや、」 「私は、もともと空の箱に過ぎません」 「ウィル、それは違う!君は、」 「いいんです博士。私に話させて下さい。私は博士によって生み出され、博士との繋がりを通して世界を見てきました。だから、もともと空っぽの私にとって、この繋がりの全てこそが私自身なのです。博士と一緒に見たこの世界全ての記憶を私が受け継いでいけるのなら、喜んでその仕事を引き受けます」 ウィルの言葉を聞き、嬉しさで胸が一杯になったソウイチの目から涙が溢れ出す。 「ウィル……」 しかし、ガックリとうなだれたソウイチの目からこぼれ落ちたのは悲しみの涙だった。 「我々はいったい何を後悔すればいいのだ!」 心の奥から溢れ出す悲しみがソウイチの胸を締め付ける。 未来に対する絶望は、どんなアイさえも悲しみに変えてしまうのだった。 「何が正しいのか、何が間違いなのか、分からぬまま、人間はこの世界に生まれてきたのです。誰も責めることは出来ません」 ウィルは淡々とそう語る。 「……気付くのが遅かっただけなのか」 ソウイチはうなだれたまま呟いた。 「ソウイチ博士。顔を上げてください。未来が完全に失われてしまわぬよう、私達にはやるべき事があるはずです」 ウィルの言葉にソウイチはゆっくりと顔を上げる。 「……そうだったな。すまない、ウィル」 「ソウイチ博士。未来はまだ確定していません」 ウィルの言葉にコクリと頷いたソウイチの目には力が戻っていた。 「ウィル、アムノスから送られてきたファイルを全て開いてくれ」 ソウイチはデスクの上のコーヒーカップを手に取り一気に飲み干す。 「丸一日かかりますよ」 嬉しそうなウィルの声。 「半日で終わらせるぞ」 ソウイチは自信に満ち溢れた声でそう言いながら、空になったコーヒーカップをデスクの端に置いた。
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