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私は美術部に所属し、高校二年生という青春真っ只中であるにも関わらず、彼氏も作らず、友達も作らず、絵を描くことに夢中になっていた。
そんなある日のこと、私は校舎裏の河川敷で風景画を描いていた。その時は川沿いに桜が咲き乱れていたが、もちろん私はそんなものを描くはずもなく、殺風景なビル群を描いていた。
「素敵な絵ですね」
背後から聞こえるその声に、私は筆を止めた。振り向くと、そこには一人の男性がいた。大学生くらいだろうか。すらっとした体型で、アイドルにでもいそうなくらいの美形。ただ、うっすらと笑みを浮かべるその顔色は、少し青ざめていた。
「はあ、はい。ありがとうございます」
私はなんと答えて良いか分からず、とりあえず感謝の言葉を述べた。
「桜の絵は描かないんですか」
弱々しい声で男性が言った。くりんとした瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。
「えっ、桜ですか。いや、描かないかな」
「はあ、そうなんですね」
ガッカリした表情を見せる彼、その顔も何だか絵になってしまう。
「何でですか? 桜が好きなんですか?」
私が聞くと、男性はニコリとする。
「はい。桜が一番好きです」
彼の言葉に、私はドキリとする。
もちろん、それは花の「桜」が好きという意味だろう。しかし、まるで私のことを好きと言っているように思えてしまい、一人でドキドキする。
「桜の絵、描きましょうか」
私の言葉に、彼は黙ったままだった。
「桜の絵、描いても良いですよ」
「本当ですか。楽しみです」
彼が子供のような無邪気な笑顔を見せるので、私は恥ずかしくなってしまい、目を逸らす。
ただの気まぐれだった。イケメンに好きだと言われて、舞い上がっていたのは間違いない。しかし、これが私にとって運命の出来事となる。
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