ゆえに空からご飯が降ってくる!

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ゆえに空からご飯が降ってくる!

 わたしがいる白いテーブル席は、テラスのある木造の山小屋風な甘味処で。  ショートケーキのような甘い香りのする、白とピンクの彩りがかわいらしい2階建ては。  街の大通りから一筋入った一角の、人通りが落ち着いた神社の境内の中にある。 「お待たせしました。ご注文のお紅茶と、イチゴのモンブランケーキに、お塩です」  小豆色の振り袖風な和服姿に、白いエプロンを着たウエイトレスが、イチゴクリームを麺状に重ね合わせた薄紅色のケーキをどうぞと置いて。  振りかけやすそうなお塩の小瓶を、横にそっと添え置いた。  家庭の食卓にありそうな、ありふれた調味入れに入った白いお塩は。  この甘味処には似つかわしくない調味料に見える。  そういえば、都会で甘塩っぱいものが流行っていると聞いたことがある。  このお店ではスイーツにお塩をかけて、味変のサービスをやっているんだろう。  なるほど。  わたしは知ったかぶりの顔をして。 「このケーキには、どの位かけるのが美味しいですか?」  と、お塩を手にして微笑むと。  ウエイトレスはぎょっとして。 「えっ、お塩かけるんですかっ?」  わたしから1歩退いた。  かけないんかいっ! 「いま、そういうの、流行ってるんですかっ?」  と、逆に聞き返されて。 「ごめんなさい、知りません!」  わたしはテーブルへひれ伏した。 「なんだ、びっくりした。変なこと言ってると、通報しますよ!」 「ひひーーっ」  そんなことで、通報されちゃうのーーっ! 「じゃあなんで、お塩がここにあるんです?」  と、ぎこちなく微笑むと。  ウエイトレスは綿菓子みたいなブロンドの髪をふわふわ揺らして。 「気になりますか」  と、意味深長にニヤついた。 「そりゃ、甘味処にお塩の調味料があったら気になりますよ!」  ウエイトレスは、ふむふむと頷いて。 「制服がおろし立てみたいに綺麗ですね。この春入学した1年生?」  どういうわけか、当て外れのことを聞いてきたので。 「ええ? あ、はい。今年、上京してきたんです」  わたしが眉をひそめると。 「そのうちズッタズタになるかもだけど、すぐにどうでもよくなりますよ、頑張って!」  親指を突き立てて、店内へ逃げ去った。 「ちょっと、なんの話ーーっ?」  都会の学校じゃ、新入生は制服をボロボロにされちゃうのっ?  そんなのニュースで聞いたことないよっ?  なにあの店員、お塩のことも、なんにも答えてくれないじゃん!  …………まあ、いいか。  深呼吸のようなため息をつき。  イチゴクリームの、ねっとりとした甘いケーキをスプーンにとって。  舌の上で上顎へ押し潰すように溶かして食べたら。 「和菓子屋さんのモンブラン、おいし」  どうでも良くなってきた。  わたしも相当のんきだなあ。  スプーンをじゅぱっと咥えながら。  ケーキを口にしていながらにして。 「お肉、食べたいなあ」  なんて。  風光るお店の前を、通り過ぎてゆく園児たちの、明るくて華やかな声に。  どこかで咲いている沈丁花の芳しい香り。  麗らかな日差しが降り注ぐ青空を。  ぼーっと眺めている平凡なわたし。 「平和だなぁ」  というのも。  この街には、ときどきご飯が空から降ってくることがある。  携帯電話がピロピロと鳴って。  緊急ご飯速報の通知に。 「やった! お肉、来い!」  ガッツポーズをするわたし。  地図によると出現地点は……。 「すぐ近く!」  ポップアップしている「提供者」をタップしてみると。  見覚えのあるテラス席に、スプーンを咥えてまったりとしている少女の写真に矢印が! 「これって、わたしーーっ?」  絶叫して立ち上がったら。  テーブルの天板に腰がドタンッ!  カップが倒れて、こぼれた紅茶が制服スカートにびちゃりと濡れた。 「このバカちんがーーーっ!」  自分に怒りをぶちまけつつ。  ハンカチで叩き拭くわたしの周りに。  サングラスをかけたドクターコートの集団が取り巻いた。 「なっ、なんですかっ?」  目の前にベッドが至急、えっほ、えっほと運ばれてきて。  捕らえられたナマケモノのように、両脇を抱え上げられたわたしは。  早着替えのショーのように、制服を左右からビリリと引っぺがされた。 「おろし立ての制服がーーーっ!」  代わりにスポンと着せられたのは。  体のラインにピッタリフィットした、透明度が曖昧なウエットスーツのような服装で。  それは、ちょっとこじゃれた調味料入れの小瓶のようにも見える。 「なにこれーーっ?」 「戦闘服です」 「せ、戦闘服っ? なんでっ?」  唐突に、ト~フ~と聞こえるようなラッパの音が鳴ったかと思えば。 「おやすみなさい」  わけも分からないまま、わたしは意識を奪われた。  気がついた、は、良いものの。  今いる場所が、夢の中だとすぐに分かった。  なぜ分かったの?と訊かれても、説明はできないけれど。  夢を見ていて、ああ、夢だ、と。  そんな風に、気づかされたことがある人なら、そんな意識に近いかも。  薄目を開けて、あたりを確認してみると。  どうやらわたしはベッドに倒れているようだ。  現実と変わらないリアルな夢で。  タオル地の、シーツの柔らかな肌触りや。  洗い立ての、フローラルな香りまでが伝わってくる。  そしてなにより暖かい。  とっても寝心地が良いものだから、また眠気が舞い戻ってきたのだけれど……。  そんなときに。 「おい、命が惜しくばすぐ起きろ」  女の子が精一杯おとなぶったような声。 「も少し寝かせて。あと5ミリ……」 「意味わからんわ!」 「じゃあ500年」 「永眠する気か! いいから、あれを見よ!」  少女の指パッチンが鼓膜に響いたと思ったら。  マットレスが跳ね上がって、わたしは、ドーンと打ち上げられた。   まるでコメディ作品の、落ちる夢から目覚めたときの格好みたいに、上半身から床へ突っ伏した――はずが。  床がないっ?  遙か彼方の眼下には、魚眼レンズに映ったような、まあるい地平線の大地があって。 「う~~ぎゃぁあぁあっ、落下してるう~~~~~っ?」  もの凄い風圧が髪型を一直線に逆立てた。 「これでわかったか。お前に残された時間は少ないぞ」  声のほうを見上げると。  先っぽが山盛りご飯になったお茶碗型の、黒くて細長い尻尾がゆらり。  虚空の中で揺り返している。  ちょうど小悪魔の尻尾の先を、ハートじゃなくて、ご飯にしたかのような奇妙なそれは。  黒くて艶のあるブーツのあいだにあって。  真っ白な絶対領域の上に、黒のホットパンツが乗っていて。  手の甲だけを覆う黒い手袋をした、小さな手の平がその腰にあり。  涼やかな胸を、黒のビキニで着飾る少女がニヤリと微笑む。  ヘソをやや突き出すように突っ立っている格好で、わたしと同時に落下している。  魔物!? 「ふっふっふ!」 「あなた、アンパ○マンなのーーっ?」 「違うわーーっ! せめてバイキ○マンって言ってーーっ!」 「えっ、ばい菌っ? ばっちい!」 「ばっちくないの!」  ぽこりと叩かれる。 「じゃあ、だぁれ?」 「聞いて驚け!」  自信たっぷりな口元で、白い歯を見せ笑う彼女は。  しゅっとした小さな鼻に。  やや大きめなつり目をしていて。  鳩の血のような赤い瞳で、わたしの無様を見下ろしている。  黒髪をリボンで結った、小生意気そうなおでこちゃんは。 「我はクーベルチュール。あれを我の好みしてみせよ。さすれば命だけは助けてやろう」 「あれって、いったい、なんのこと?」  クーベルチュールは楽しそうにニヤついて、顎で横を見ろと促した。  そこには。  右前方のやや下方で、わたしたちと同じ速度で落下する、巨大な銀のボウルが無窮の大気を切り裂いていた。  直径が200メートルほどもあるそれには。  黄色くて、10センチ前後の細長いものが、てんこ盛りになっている。  良質の油でカラリと揚げた、甘いイモの香りがしているそれは。 「まさか!」  ファーストフード店でおなじみのフライドポテトだ。 「わあ、UFOってフライドポテトを運んでたんだ!」 「そう! 我はフライドポテト星から来た、フライドポテト星人なのだ!」 「そなのっ?」 「んなわけないだろーーっ! たしかに銀のボウルを下から見れば、UFOに見えるかもしれないけれどっ!」 「フライドポテトの品薄事件は、あなたの仕業だったのね!」 「あれは水害でジャガイモがなかったの!」 「わかったあああっ!」 「わっ、今度はなにっ?」 「ときどき空からご飯が降ってきたのって……、あれこそ、あなたの仕業なのねっ!」  わたしがそう問い詰めると。  クーベルチュールは姿勢を正して、腕を組んだ。 「ふ、急に察しがいいな。まあ、とにかくあのフライドポテトを食ってみろ」  ボウルからこぼれ飛んできた1本を、ひとつつまんで頬張ってみる。  外はカリッと。  中はほくほく。 「うん、うまい」  やや肉厚な、噛み応えのあるイモの甘味が口内へ広がってゆく。  出来立てほやほやの、湯気立つその熱々は、それだけでも美味しかったが。  ただイモを揚げただけで、何かの味付けが無性に恋しい。  ふと宙空に目をやると。  ともに落下しているお塩の小瓶が! 「さっきのウエイトレスが置いていったやつ!」  あのウエイトレスは、こうなることがわかっていたんだ!  ボウルからこぼれ飛んでくるフライドポテトに、お塩を振りかけてみる。  落下中にお塩を振りかけたって、うまく降りかからないような気もするが。  夢だからか、あらゆる力学を無視して、ちょうどいい塩梅に降りかかった。  それを頬張ってみると。  お塩が引き立っていて。  ほっぺが、じゅぱーー。  実に美味しい。 「揚げたてのジャガイモって、塩味になるだけで、こんなに美味しく変わるんだ!」  クーベルチュールはひとつ頷いて。 「ほう。そう思うなら、あのボウルいっぱいによこすがいい。さすれば、この窮地から救ってやらんでもないぞ」 「救うったって、これは夢でしょ? 知ってるんだから!」 「その通り。だが、これは正夢ぞ?」 「正夢! ってことは、このまま落っこちたら……」 「現実でもその通りになる」 「ひーーっ、どうせ死ぬなら道連れだーーーっ!」 「こらっ、抱きつくなあ! あれを我の好みにしたら助けてやると言っているだろっ!」 「なに無茶いってんのよ! わたしが持ってるのはこんな小さな塩よ! あれ全部にかけられるわけないじゃないーーーっ?」 「いや、居醒(いさめ)ちゃんならできるっ!」  突如、わたしの名を叫び、空から猛スピードで降りてきたのは。  小豆色の振り袖と、白いエプロンをはためかせた少女。  ブロンドのふわふわとした髪の合間から、やや切れ上がった目の、深紅な瞳を覗かせている。 「さっきのウエイトレスの人! なんでわたしの名前を知ってるのっ?」 「それはあとで! 私は赤茄子(あかなす)得夢(えるむ)。今は何も考えずに、お塩を銃のようにかまえてみるんだ!」  得夢ちゃんはお塩の小瓶をつかんでいるわたしの手を取って。  ステージの上からお客さんへマイクを差し向けるような、腕を突き出すポーズをしたかと思えば。 「清らかなる者よ、白き母なる源よ、調味料召喚、出ちゃって! 塩ピクシー!」 「しおピクシーッ?」  空間に現れた白い渦から現れたのは。  さらさらとした質感の、真っ白なワンピースと、ブーツと手袋をした、羽の生えた体の小さな女の子で。  ストレートな白髪を掻き上げながら、わたしをキッと睨みつけると。 「なんじゃ、わらわを呼び出したのは、こんなクソガキか! ボケが! 忙しいんだぞ!」 「初対面なのに、すっごい塩対応ーーっ!」  どう見ても友好的じゃない塩ピクシーの態度だけれども、それでも得夢ちゃんは。 「塩ピクシー、私たちに力を貸してくれ! どうしてもキミの力が必要なんだ! たのむ!」  と、頭を下げた。  塩ピクシーは刹那、じっと見つめたのちに。  しょうがないといった感じのへの字口になって。 「わらわのことを塩ピクシーと呼ぶな! なんか精神的にしょっぱい精霊みたいで、イメージが悪いだろ!」 「それは悪かった。ソルト・ピクシー、これでいい?」 「うむ、よかろう」  塩ピクシーがまずまずと頷いた。  英語にしただけでよかったのっ? 内容変わってないよっ? 「そなたらに我の祝福を授けよう。見事あの夢魔を打ち破って見せよ!」 「意のままに! 行くよ、居醒ちゃん!」 「う、うん?」  得夢ちゃんは私の手をつかんだまま、頭上のほうに大きく振り上げると。 「究極塩魔法!」 「し、し、塩魔法っ? って何? 属性とかじゃないのっ?」 「だって、居醒ちゃんは塩属性なんだもの!」 「塩属性なんてやめてよっ? わたし、あんなに性格しょっぱくないよ!」 「さあ、一緒に唱えて!」 「ちょっと、聞いてるーーっ?」 「ソルト・トルネード!」  ボウルに向かって勢いよく振り下げた途端。  調味入れの小瓶からお塩が噴き出し、直径200メートルのフライドポテト全体に、まんべんなく降りかかってゆく。 「しゅ、しゅごい! こんな小さな瓶から、あんなにいっぱい出ちゃったわっ!」 「まあ、夢の中だしね!」  わたしが得夢ちゃんと抱き合って喜ぶ姿を。  クーベルチュールが鼻で笑って睥睨する。 「ほほう、良い塩対応だな。やってくれるわ!」 「良い塩対応ってなによっ? あなた実はマゾヒストでしょ!」 「では、こちらも本気を出してやるーっ!」 「結局、なんか怒ってるっぽいしーーっ!」  クーベルチュールが指をパチンと鳴らすと。  フライドポテトの入った銀の巨大なボウルから、Lサイズの紙カップにぎっしりと収まった、小さなフライドポテトがわさわさと飛び出してきた。  フライドポテトの魔物の群れに。 「あれっ? ぜんぜん、効いてない!」  得夢ちゃんが目を擦って眼を見開く。 「どうしたの?」 「ああいうのを夢魔(むま)っていうんだけれど、夢魔は味つけが足りない状態で現れるんだ。塩などの適切な調味料で、美味しく味つけしてやれば、ダメージを与えることができるはずなのにっ、こいつらお塩をかけてもまだ動いてやがる!」 「このお塩が不味かった?」 「いいや!」  クーベルチュールがわたしの問いを切り捨てて。 「絶妙な塩加減に仕上がっていて、すこぶるうまくなっていた! だがな、それでは我にとって、あまりにもありきたりで、物足りない味だったのだーーーっ!」  と、フライドポテトの中央に、操縦席のごとく陣取った。  フライドポテトの入った巨大なボウルが頭になって。  銀の身体と手足がにょきにょき生えだしてきた。  フライドポテトの巨人に命が宿り、手足がしなやかに動き出すその雄叫びを合図にして。  たくさんのLサイズフライドポテトたちが。 「カリカリポテト、ポテポテトーーーッ!」  襲いかかってきた。 「わーっ、得夢ちゃん、きたーーっ!」 「でっかいのも来る! 気をつけて! 居醒ちゃん!」  大きな銀の拳が振り上げられて。  Lサイズのフライドポテトを何体も巻き込みながら、わたしと得夢ちゃんに猛烈なパンチを打ち放つ。  早い!  息つく暇なく、蹴りが刀のように左から。  続けて右から拳が空を貫いた。  頬をかすめる距離でなんとか躱せ続けたものの、風圧でできた渦に体が吸い込まれそうになる。 「ひーーっ、あんな巨体のくせに、なんて身軽なのっ?」  そうでなくても、猛スピードで落下してるっていうのに!  強風に翻弄される木の葉のようなわたしの体を、得夢ちゃんが抱き寄せて。  真剣な瞳を近づけ。 「ねえ、居醒ちゃん。もし、こいつらに勝って現実の世界に戻れたら、キミにお願いを聞いて欲しいんだ!」 「そういうの、タブーなフラグ立てって言うんだよーっ! そういうことは、ちゃんと生きて帰れてから言うのーーっ!」 「居醒ちゃんは、しょっぱいなぁ。わかった。そういうことなら、何が何でもこの正夢から解放してあげる!」 「でも、どうやって? お塩、効かないんでしょっ?」 「ふふ、居醒ちゃんが塩属性なら……」  得夢ちゃんが射撃のように腕を突き出すと。 「完熟したるトマトよ、甘酸っぱさの燃ゆる赤よ、調味料召喚、出ちゃって! ケチャップ・ピクシー!」 「今度はケチャップッ?」  赤色のワンピースとブーツに手袋をした、羽のある少女がシャランと降臨し。  金髪をなびかせながら、得夢ちゃんにニカッと微笑む。 「ハーイ! エルム! どんなケチャップをご所望かしら?」 「例のやつ、できる?」 「アレね! オッケーよ!」  ケチャップ・ピクシーが得夢に念を送るや否や。  両手の平から。  巨大なボトルが。  ぬうっと、突き出してきた。 「得夢ちゃんって……」 「そう! わたしはケチャップ属性さ! 見てて! ケチャップ・サイクロン!」  真っ赤なトマトケチャップが、手の平のボトルから間欠泉のように噴き出して。  フライドポテトにジグザグに降りかかってゆく。 「すごい! フライドポテトが一瞬にしてケチャップに染まっていく!」  だがクーベルチュールは、呆れた風に得夢ちゃんを見て。 「ははっ、何かと思えば、ただのケチャップではないか。フライドポテトにケチャップなんて、ありふれた味では、微塵もこたえんぞ!」  肩で笑い飛ばすが。 「こいつはありふれたケチャップなんかじゃない! ひと手間くわえたケチャップなんだ!」 「なにっ?」 「バターをたっぷりと溶かし込んだ、バター入りのケチャップさーーーっ!」  猛烈なケチャップの勢いに弾かれて、Lサイズのフライドポテトたちが吹き飛んでいく。  こぼれ飛んできたいくつかを、わたしと得夢ちゃんがつかみ取って頬張ってみると。  こ、これは……! 「揚げたポテトの塩味に、バターの甘味と、深いコクが混ざり合って……」 「トマトケチャップの甘酸っぱさが口内に広がった瞬間、フライドポテトが最高にうまくなるーーーっ!」  わたしと得夢ちゃんの恍惚な表情に。 「な、ん、だ、とっ……? ゴクリ」  クーベルチュールはバターケチャップのついたフライドポテトをわしづかみしては、サクッと頬張った。 「ん~~っ! んん~~~~っ! なんだこの、甘味と塩気と酸味の絶妙なバランスはああ! ポテトに塩やケチャップが合うのは当然! だが、そこへバターが入っただけで、こんなにも旨味が増大するとは! こいつは、こいつはぁ、ひと味違った、秀逸なフライドポテトだあああ! 我は、我は……、満足じゃあ~~~……」  クーベルチュールとフライドポテトの巨人が強く輝きだした。  真っ白の世界の中。  ポワンと弾けて無数に砕け散る。 「やった! 夢魔のほっぺが落ちて昇天したよ! 居醒ちゃん!」  それらはひとつひとつが1人前のLサイズのフライドポテトになっていて。  流星のように町へと降り注いでゆく。 「見て、居醒ちゃん! 綺麗でしょ!」 「あれがみんなのところに?」 「そうさ。ベースに居醒ちゃんの塩味がちゃんとあったから、わたしのバターケチャップが利いたんだ。居醒ちゃんがご飯の提供者だよ!」 「わたしがご飯の提供者!」 「もの凄く美味しくなっているから、みんなとっても喜ぶよ!」 「たまに空からご飯が降ってきてたのは、夢魔をふつうのご飯に無力化した成れの果てだったんだ!」 「意外だった?」 「誰かがこんなバトルをしていたなんて知らなかった。わたし、ただのラッキーくらいにしか思っていなかった!」 「これからは感謝して食べて?」 「うん! だけど夢魔の目的ってなんなの? 敵なのはわかるけど」 「それがよく分かっていないんだ。敵なのかどうかもわからない」 「どゆこと?」 「この話はまた今度にしよう。そろそろやばい」  得夢ちゃんが下を指さした。  地表がぐんぐんと近づいてくる。 「ひーーっ! ねえ、得夢ちゃん! どうやったら夢から覚めるのーーっ?」 「それは、簡単。こうするの」  得夢ちゃんはそう言いながら、お弁当に入っていそうな、小魚の形をしたお醤油の調味料入れみたいなのを取り出した。 「はい、あーんして」  そして中の液体を、ぴゅぴゅっとわたしの口内に振りかけると。 「これ、なぁに?」 「あらゆる辛い調味料を混ぜて作った激辛タレだよ」  それを聞いた途端に。  わたしの口が火を噴いた!  ドカンと飛び跳ねて。  目が覚めたそこは。  モンブランケーキを食べた甘味処のテラスで。  サングラスをかけたドクターコート集団が、わたしを抱えてベッドからぽいっと追い出した。  そして、何も告げずにあっという間に消え去っていく。 「いったい何者なのあの人たち」  不気味さに寒気を感じて、二の腕をさすったら、戦闘服から制服に戻っていることに気がついた。 「あれ? いつのまに! てゆっか、引き裂かれたはずなのに、制服が元に戻ってる!」  そこへドクターコートの集団と入れ替わるようにやってきたのは。 「みごと夢魔を撃退した塩見(しおみ)居醒(いさめ)さんです!」  テレビクルーや記者の一群だ。  フラッシュの雨が降り注ぐなか。 「一般人がご飯の提供者となったのは、実に10年ぶりの快挙です。なにか気の利いたコメントを聞いてみましょう!」  マイクやレコーダーが一斉に、わたしへと向けられる。  まるで凶器を突きつけられたかのような緊張感!  コ、コメントなんて、どうしよう! 「いやっ、えっ、あっ、あのっ……、そうだ! 得夢ちゃんがっ……」 「はい、カメラさんにアヘ顔ハートピースしてー」 「えっ? あ、ハイ、あへ~~」 「はい! ありがとうございましたー! それ、逃げろーーっ!」  テレビクルーたちが猛ダッシュでいなくなる。 「あっ、ちょっとぉ! なにさせるのよーーっ!」  なんだったのよ、もう!  そして町の至る所から、人々の歓声がわっと沸き起こる。  大人も子供も空を見上げて。  手を掲げ。 「あっ、来た来た!」 「あれって、もしかして?」 「フライドポテトだーーっ!」 「わーい!」  舞うようにゆらゆらとフライドポテトが落ちてくる。  辺りは揚げたポテトの美味しそうな香りでいっぱい。  おのおのがそれをキャッチして。  出来立てのホクホクをさっそく頬張る。 「なにこれ、バターが利いていて、めっちゃおいしい!」 「ふつうのフライドポテトとひと味ちがうね!」  それ作ったのわたしなんだよぉ!  美味しいでしょー! 「調味料のお姉ちゃん、ありがと~~~!」  子供たちの笑顔がキラキラで。  わたしに手を振ってくれている。  調味料のお姉さんだって!  なんだか誇らかな気持ちになってきた。  わたしも大きく手を振り返す。  ニタニタしながら甘味処の会計をしにゆくと、店員さんがスマイル顔で。 「そちらのお会計はもうお済みです」 「え? 誰が?」 「すみません。それは存じません」  得夢ちゃんかな。 「髪がブロンドで、ふわっふわの店員さん、います?」 「うちの店にブロンドの髪をした店員なんていませんよ……? 店長に聞いてきましょうか?」 「あやっ、いいです! ごちそうさまでしたー」  得夢ちゃんも何者なんだ?  店を飛び出して。  ちょうど降ってきたフライドポテトを手に取り、食べてみる。 「うん、バターケチャップ、鬼うま。わたしのお塩もいい味出してる!」  皆が嬉しそうに食べてくれると、こっちまで嬉しくなってくる。  今度、親がご飯を作ってくれたら、嬉しそうに食べてあげよう。 「おらおら、おまえら、ぐずぐずしてんじゃねえ! 早く回収しちまうぞーーっ!」  大雪みたいに降ってきたフライドポテトを、奪い合うようにつかみ取っているおじさんたちがいた。  茶色ずくめのつなぎ衣装が、餌をついばみ回る、でっかいすずめに見えてくる。  なんだか、かわいい。  わたしのフライドポテト、そんなに評判よかったのぉ?  照れちゃうなぁ! 「おじさん、そんなに慌てなくても、みんなの分あるよ~! いくらわたしがつくったポテトがおいしいからって、食いしん坊さんだなあ。てへへ!」 「そうじゃねえ! 地面に落ちて食えなくなったら、それが腐って臭えんだよっ! 俺っちらは仕事でやってんだ! ばかやろう!」 「す、すみません~~っ!」  おじさんのげんこつが飛び出す前に、わたしは駆け出した。  そんな業者がいたなんて知らなかったなぁ。  ああ、恐かった。 「調味料のお嬢さん!」  わたしに、おいでおいでをしているおばさんがいる。  頭が鳥の巣みたいな、生花店のおばさんだ。  なんだろう。  おばさんは前掛けで手をぬぐいながら。 「怖がらせちゃってごめんなさいねえ。あれ、うちの旦那なんだけど、町中のご飯を急いで回収しなくっちゃいけないから、忙しくって気が立っているのよ。子供たちも待ってるし」 「お子さんにあげるんですか? 本当はやさしい人なんですね!」 「いや、うちの子じゃなくってね、地域の子ども食堂に提供してるのよ。少しも無駄にはできないって、いつも必死なの」  偉い人たちがいたもんだ。  そういえば、あんなに大量に降ってきてるのに、地面に落ちてるのを見たことないのは、片づけてる人がいるからだよね。  わたしが作ったご飯を粗末にしないで、そんなにも大切にしてくれているのかと思ったら。  じ~~~ん。  心の底がじんわり熱くなってきた。  邪魔にならないように、もうお家に帰ろう。  繁華街から外れてすぐの住宅街。  ウユニ塩湖の晴れを映したような、セルリアンブルーの壁をした、三角屋根の2階建て一軒家が見えてきた。  赤いヒヤシンスのお花畑の中に、真っ白なブランコとベンチのある前庭の、西洋風なお家がわたしの家で。 「ただいまぁ」  玄関扉を開けて入ると。 「居醒ちゃん! あなたは明日から転校生よ!」  ミラーボールの表面を貼りつけたような、ギラギラしたワンピースを振りまいて、母がすっ飛んできた。 「どうしたの、その格好!」 「お母さんもまだまだイケるでしょ! 今の気持ちを表現してみたの!」  と、髪をすくってセクシーポーズを見せられる。 「えぇ……」 「そんなことより、これを見て!」  母が手紙を突き出した。 「テレビを見たわよ、居醒ちゃん! そしたら、すぐにこれが届いたの!」  そこには、調味料少女育成高等学校からの。 「招待状?」 「そう! あなたがここへ転入すれば、学費がいらないんだって!」 「ただなのっ?」 「それどころじゃないわ。わたしたちが生きている限り、あらゆる税金がなくなるの! これがどれほどもの凄い待遇だってことか、わかるっ?」  母が血眼でわたしの肩をふるわせてくる。  こわばった笑顔がちょっと恐い。 「消費税がなくなっちゃう、とか……?」 「そう! 税別1億の買い物をしようものなら、もれなく1千万円もらえるわけよ! それも1度きりじゃないわ! 何度もよ!」 「へえ! うちの家は何度も1億円の買い物ができるくらいお金があったんだ!」 「いや、ないけどね」 「ないんかい!」 「100円で例えても、10円キャッシュバックされたってしょうがないでしょ!」 「まあ、わかるけど」 「そういうわけだから、気持ちの整理があるなら、早く済ませておきなさい!」 「でもー、今の学校、必死に勉強して奇跡的に入学できて、やっと友達ができたところなんだよー?」 「真の友達は学校が違っても友達でしょ? 進学や就職、ずっと同じ所へ行くわけにはいかないの。いつかは別れる運命なのよ!」 「それはそうだけど。また1から友達作るの、結構体力いるんだよお」  母はわたしの手を取り上げて。 「無制限プランの最新型マイフォン・ウルトラよ。好きに使いなさい」  高級感あふれるスマホを握らせた。 「嘘でしょ! これさえあれば新しい出会いのほうからこっちにくるよ! 芽生えたばかりの薄っぺらい友情なんて、塩撒いて枯らしてやる!」 「それでこそ塩見家の娘ね!」  母とがっちり握手した。 「転校手続きはすでに済ませておいたわ。居醒ちゃんは明日から、国立の、いい? 国立の調味料少女育成高等学校のエリート学生なんだからね。がんばりなさい!」  母の声援を背中に浴びながら、わたしは階段を駆け上がる。  自室に入ると。 「これが調女(調味料少女育成高等学校)の制服なんだ!」  マネキンに着せられた冬服が目に飛び込んできた。  ブラウスは赤がベースで襟が白く。  ブレザーとスカートは赤茶色と黒茶色を基調にして、黄色や緑や黒の幾何学模様がちりばめられている。  こんな制服を着ていたら、遠くからでも調女の生徒だってすぐばれちゃうな。 「ファッションショーに出てくるけれど、誰も着なさそうなデザインだよぉ、これは!」  そう言いつつ、袖を通して。  姿見サイズの鏡にVサインをしてみるわたし。 「この色たちって、もしかして調味料を表現しているんじゃないっ?」  塩にケチャップ、味噌にソースにマヨネーズ……。  あと、なんだ?  調味料のことを想像してたら、なんだかお腹が空いてきた。  ふらふらと、踵でくるりと回って。  ベッドへ背中から倒れ込む。  天井を漠然と見つめながら。 「調女ってどんなところだろ……。友達、できるかなぁ。得夢ちゃんも調女だったらいいのにな。でも国立って、悪くない響きだよね。しかも招待された人しか入れないし!」  くるりと寝返りをして。  腹這いの格好で。  マイフォン・ウルトラを自撮りモードに。 「エリート生活。ちょっと楽しみ!」  にやけたわたしの顔を、パシャリと激写した。  転校当日の朝は。  カーテンを開けると視界がかすむほどの、どしゃぶりの雨で。 「ええ~……」  屋根に打ちつける雨音で目が覚めた。  後から鳴り出したスマホの目覚ましを、薄暗い部屋の中でぽちりと止める。 「笑顔! 笑顔! 運勢は自分で引き寄せるもの!」  そう言って。  頬を両手で叩いて口角を上げる。  1階へ駆け下りて。  トイレを済ませたのちに。  洗面所の鏡で、歯を磨きながらアホ毛に睨みを利かせてやりながら。 「湿気め~~~っ!」  肩まであるはずの黒髪が、巻き髪になっているのを必死に伸ばす。  朝の身支度を気迫で乗り越え。  自室で制服に着替えたところで。 「意外と似合ってるぅ」  浮き足だってリビングへ。 「あらぁ、輝いてるわねえ! 初々しい!」  と、母も目を丸くした。 「え? そんなに似合ってるぅ?」  わたしが手を重ねてもじもじすると。 「ぷっ」  母はサッと顔を背けた。 「似合ってないんかい! ふつう、褒めて送り出すものでしょ! 転校初日なんだよ、今日!」 「まあまあ、いいから早く朝ご飯たべちゃいなさい」  そう言って、母が食卓に出したのは。  スーパーで売っている、アルミの鍋焼きうどんに入った、刺激的なクミンの香りがする、美味しそうなターメリック色の食べ物で。 「お母さん、寝坊しちゃってさー。朝ご飯作る余裕がなかったの。インスタントの鍋焼きうどんにレトルトカレーを入れただけだけど、案外イケるわよ、それ」  と、自分だけエプロンをつけて、ずるずると麺をすすりだす。 「カレーうどんとは、これはわたしへの挑戦ね!」  わたしが新調のブレザーを摘まんでみせるが。 「気をつけて食べれば大丈夫よぉ」  母はのんきな声でうどんをずるり。  まったく、豪快(うまそう)に食べやがる。  カレーがついた制服で、転校生です、と紹介されるなんてサイアクだ。  とはいえ、食欲そそるカレーの匂いをかいでしまって、朝食抜きで登校なんてありえない! 「インスタントうどんにカレーを混ぜただけって言うのもなんだかなぁ。もうひと工夫、なんかない?」 「ヨーグルト、混ぜる?」 「よけい飛び散るっ!」 「じゃあ、卵」 「喧嘩売ってるっ?」 「そう、食べないのね? なら、お母さんが……」 「食べるーーっ!」  わたしは両親の寝室へダッシュして。  クローゼットを物色し。 「あった!」  父のTシャツを取り出した。  めしうま、と書かれた白いTシャツを、ブレザーの上から着込んだのちに。 「これで、よし!」  ダイニングへと駆け戻る。 「あー! それ、お父さんのお気に入りよぉ? 部下のお巡りさんが来ても知らないからねー」 「いくら警察関係のお仕事してるからって、こんなので逮捕するわけないでしょ」  と、いざ、ひと口すするや否や。  ピンポーンとチャイムが鳴った。 「居醒ちゃん、迎えが来たわ!」  えっ? お迎えっ? 「そんな! まだひとつも飛び散ってなんかないよ! 職権乱用だーーっ!」  わたしが急いでTシャツを脱ぎ捨てると。 「はい、これ持ってって」  母が手ぬぐいのようなもので包んだ箱を手渡した。 「なにこれっ」 「お弁当」 「お弁当っ?」  そうか、捕まったら犯罪者にご飯なんか出すわけないからだーーっ! 「留置所で食べろっていうのっ? 嫌だよ、助けてよーーっ!」 「居醒ちゃん、おちついて。あれは学校からのお迎えよ!」 「学校のお迎え? 嘘よ! 学校からお迎えが来るなんて、聞いたことないしーーっ!」 「これから通う学校は普通じゃないのよ。あなたはエリート街道まっしぐらの、超大型新人なんだから、このくらいのVIP待遇があっても当然よ!」 「本当に……?」 「自信持って行ってきなさい! はい、カバン!」  そう言って、母はわたしにカバンと栄養ドリンクを手渡した。  わたしは肩掛けの学生カバンをたすきがけにして。  栄養ドリンクの蓋を威勢良く開け放ち。  一気に飲み干すと。 「よし、行ってくる!」  玄関へ足を踏み出した。  靴を履き。  扉を開けたその先には!  大型のキャンピングカーがでんと停まってあって。  サングラスをかけたドクターコートの一群に。 「またなの~~っ? 今度はなになになに~~っ」 「オリエンテーションです」  制服をビリリと引き裂かれ。 「おNEWの制服があああっ」  パッツパツの戦闘スーツに着せ替えられながら。 「ベッド~~~ッ?」  車内へ導かれていくと。 「おやすみなさい」  ト~フ~と聞こえるラッパの音が聞こえてきた瞬間。  わたしは抗えない睡魔に捕らわれた。  気を失う前に、せめてベッドへ……。  倒れるように眠ってしまったわたしが、次に気がついたのは――。  またもや夢の中。  ベッドから上半身を起こして周りを見渡すと。  先ほど現実世界で見た、キャンピングカーの車内の光景だ。 「あ、カバンがある! 現実から持ち込めるんだ」  ベッドをはじめ、ソファーなどのファニチャーが色温度の高い白で統一されていて。  少し狭めのワンルームマンションのように、台所はもちろん、シャワー室もトイレも備わっている。 「ちょっと、だれかー?」  すべてを見て回ったが、誰もいない。  ドアを開け。  車外へ出てみると。  足を踏み外しそうな瓦礫の地面で。  焦げた異臭が鼻をつくここは。  焼け落ちた木々や、廃車のすぐ向こう側に。  ボコボコに穴が開いた部屋が剥き出しになっている、マンションらしき建物があった。  壊れた建物はそれだけではなくて。  周りに見渡す限りの人工物が。  何か大きな力によって、ことごとく破壊されていた。 「ここは、どこ……? いったいなにが?」 「やあ、気ぃついた?」  声のしたほうへ振り向いてみると。  わたしと同じ、体にぴちっとしているスーツを着た後ろ姿の人がいて。  豊かな腰のラインと立ち姿の佇まいから、女性とおぼしきその人は。 「得夢ちゃ……」ん、じゃない。  髪の毛がぜんぜん短いもの。  その人は振り返ってお口を広げ。  人なつっこい笑顔を振りまいた。 「うちは夜船(よふね)。ウスターシャー・夜船(よふね)や。よろしゅうな! 居醒ちゃん!」  呆けているわたしの手を取り、ぶんぶんと楽しそうに握手した。 「夜船さんはオリエンテーションの人ですか?」 「敬語はなしやで。うちら、同い年!」  同い年と聞いただけで、気持ちがすっと楽になるのはなんでだろう。  知らない人なのに。  夜船ちゃんはわたしの手の甲をペロリとなめて。 「居醒ちゃんは塩属性やってな!」 「ええっ、わたしの手ってそんなにしょっぱい?」 「ううん、ふつう」 「はあ……、ふつうか。よかった」 「火急の編入生っていうから、どないなもんかって思っただけや。期待してるで!」 「夜船ちゃんも調女の人?」 「その通り! こっち、来て!」  破壊された町の真ん中に、急ごしらえで更地にしたような場所があって。 「なあに、ここ。爆弾でも落ちてきたみたい」 「どこかは教えてもらってない。けど、紛争地帯やな」 「ひどい……」  仮設テントが並べ立てられているそこは。  痩せこけていて、すすだらけの人々が、至る所に横たわっている。  薄汚れた顔の、か細い女児がよろよろと寄ってきて。 「お姉ちゃん、なにかもってない?」  その子のお腹がぐうと鳴った。  食べ物が不足してるんだ! 「えっと、えっと……、あ! お弁当、あげる!」  お弁当を手渡すと。  その子はすぐに逃げ出した。  すると。  どこに隠れていたのか、たくさんの子供たちが集まってきて、その子を追いかけていく。  ついにその子は追いつかれてしまって。  お弁当を他の子たちに奪われた。 「あっ……」  わたしが助けに行こうとしたら。  夜船ちゃんが肩をつかんで首を振る。  お弁当を奪った子も、他の子に奪われながら、どこかへと消えてしまった。 「みんな、お腹空いてるの?」  そんな心配を夜船ちゃんに問いながら、わたしもお腹に手をあてた。  だって朝食、カレーうどん1本だもん。 「食料がまったく足りてへん」 「救援物資は?」 「治安が悪くて、略奪されたり、届かないことも多いねん」 「どうにかできないの?」 「うん。だから、うちらがここに来た!」 「そっか! 夢魔から勝ち取れば、みんなにご飯をあげられるもんね! もしかして、調味料少女の本当の使命って……」  夜船ちゃんが大きく頷く。 「行こう。居醒ちゃん」 「夢魔がいるのね! どこに?」  夜船ちゃんが指を上に指す。 「この前もそやったやろ?」 「また空かーーっ。あそこマジ恐いんだけどーーっ!」  仮設テントの村から少し離れた場所の、車線が幾つもある広い道路の上に、くすんだ薄緑色の軍用機みたいな飛行機が、プロペラを回して今にも飛び立とうとしていた。  そこへ飛び乗るや否や、ドアが閉められ、飛行機が離陸をし始めた。 「ねえ、ここって夢の中でしょ。自分で飛んでけないの? びゅーんって」 「夢は夢でも正夢やもん。現実でできないことは、大抵できへん。その代わり、もしここで空を飛べたら、現実でも飛べるかもしれへんで!」  夜船ちゃんのサムズアップと歯が光る。  そういえば、昨日の夢魔もこれは正夢って言ってたな。  飛行機が離陸して幾ばくもなく。 「間もなく出現地点です」  と、アナウンスが入った。  窓の外は、雲の遙か上空だ。  夜船ちゃんが乗降扉をガラリと開ける。 「居醒ちゃん、あれ、見える?」  夜船ちゃんが下方を指さすその先に。  夢魔らしき魔物と。 「誰かいる!」 「ねんねちゃんや。居醒ちゃんが来るまで時間稼ぎをしてくれてんねん。もう時間があらへん。急ごう!」 「待って! ここから飛び降りるの? パ、パラシュートはっ?」 「そんなものは必要ないで、居醒ちゃん。夢魔に勝てば夢から覚めるねんから!」 「もしも負けちゃったら?」 「そのときは死ぬ。うちらが死んだら、さっきのあの子たちも飢えて死ぬ」  夜船ちゃんの目が笑っていない。 「そんな……」  突然、鋭利な真実を突きつけられて。  わたしはわかっていたようで、なにも分かっていなかったことに気がついた。  なにが楽しみのエリート生活だ。  夢魔と戦うことが、こんなにも命がけのことだったなんて。  それも自分だけの命じゃなく。  みんなの命が、肩にのしかかっている。  わたしが今までに味わった1番の圧力は受験だけれど、この重さに比べたら。  まるで、たくさんいる雛鳥の餌を勝ち取るために、これから猛禽類が舞う餌場へと飛び立たなければいけない親鳥のよう……。  わたしが真顔で押し黙っていると。 「ここでやめてしもても、ええんやよ」  夜船ちゃんが低い声で聞いてきた。  わたしがいなくても、たぶん夜船ちゃんたちがなんとかするだろう。  でも、わたしが早急に呼ばれたのはなぜ?  もしかしたら、塩属性の人は少ないのかも。  わたしは料理が得意ではないけれど、塩味のおいしい食べ物がたくさんあることくらい知っている。  得夢ちゃんもわたしの塩味があったから勝てたみたいなことを言っていた。  昨日のポテト、みんな美味しそうに食べてくれて、嬉しかったなぁ。  わたしがここで引き返したら……。  夜船ちゃんも、ねんねちゃんも、あのお腹を空かした子供たちも、みんなわたしのせいで死んじゃったら……。  そんな自責を抱えて生きていけるほど、わたしは強くない!  やらなかった後悔よりも、やった後悔だわ!  わたしは歯を食いしばって、夜船ちゃんを見た。  半分見限られているような目に。  わたしは。 「あの子たちを助けたい。お腹いっぱい、ご飯を食べさせてあげたい!」  思い切り叫んでみせた。 「良う言うた! その気持ちがあれば、大丈夫やで、居醒ちゃん!」  威勢良く返事をしたら。  わたしのお腹がぐうと相づちをした。 「ちなみに、料理はなにかな~? ハハハ……」 「焼きそば」 「焼きそばっ! 塩焼きそばもいいなぁ。これは、わたしの出番だよ、夜船ちゃん!」 「お、調子出てきたやん! 3・2・1で行くでーー!」  夜船ちゃんはわたしと手を取り合って。  雲と空しかない外界の、乗降口ぎりぎりに立ち並ぶ。  吐く息の白がもの凄い速さで流され。  まるで一度凍った空気が溶けて、不純物が取り除かれた様な、そんな澄んだ大気に身が包まれた。  調味料スーツのお陰で寒くはないが、身がキッと引き締まる。  夜船ちゃんが熱い手をぎゅっと握って。  わたしも強く握り返して。  夜船ちゃんと目を合わせたら。  鼓動が一気に高まった。  お互いに、頷いたのち。 「さん……、にー……、いち……、ゴーーーッ!」  わたしは夜船ちゃんと共に。  飛行機から大空へ飛び出した!
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