君とシトラス・サンセット

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 真方との再会は一週間後の土曜日だった。 「こ、こんにちは」  これまで、一度も顔を合わせたことのなかった相手とわずか一週間で邂逅を果たそうとは。それも、できれば再会したくない相手である。  初めて会ったのと同じ屋上(ばしょ)、異なるのは今回は陽が傾き始める時間帯という点だ。 「…………どうも」  できるだけ平静を心がけつつ、その実、引きつった顔で会釈した奈柘に気づく様子もなく、真方はホッとした表情でずんずんと近づいてきた。両手でランドリーバッグを抱えて。 「いまから干すんですか?」 「あ、はい。どうにも無精で……お恥ずかしい限りです」 「洗濯するだけマシですよ。真の無精なら、それすらもしないでしょうし」 「真の無精って、なんかカッコいいな。ブショウが武将に聞こえるっていうか……」  なぜか嬉しそうに頬を緩めた真方は、洗濯物を手にしたまま奈柘の隣に並んだ。奈柘はとうに洗濯の取りこみを終えていたが、孤独がはびこる部屋に戻るのが嫌で、ぼんやりと屋上に佇んでいたところである。もう泣くことはなかったが、かわりに押し寄せてきた虚しさには辟易した。平日は仕事に忙殺されて虚しいどころではないが、心身が開放される休日は隙だらけだ。  虚しさだけが占拠する心は空っぽのスカスカで、ありふれた日常を慈しむことすらも見失ってしまう。 「屋上のドアを開けるたびに、君がいる姿を想像してた」  真方の声は、冬の名残を纏う風とともに耳に届いた。少しずつ伸びた陽は春の訪れを告げているが、夕刻はまだ冷えこむ。冷えた頬で見つめる黄金色と赤色が織り成す夕空のパレットは、いつもであれば、感傷を助長するものだ。 「また、屋上(ここ)でピーピー泣きわめいてる俺の姿を、ですか?」 「いや。……うん、そうだな。そうかもしれない。あれから、ずっと気になってたから」  真方の不用意な発言のせいで、視界を染める茜色が少しも感傷的ではなくなってきた。ランドリーバッグを足元に置き、困ったように頭を掻く冴えない眼鏡男子は恐らく善人なのだろう。  不用意で、恋も知らない善人、だ。
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