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それから、土曜の午後になると真方は屋上に現れるようになった。
四月最後の土曜である本日も、もちろんのこと。
煤けたブルーのランドリーバッグにたくさんの洗濯物を詰めこんで。出入口のドアを開けた後にホッとした顔を浮かべて。
「真方さん、いつも、何時に帰宅してるんですか?」
「う~ん。まちまちかな。実験に手間取ったり、没頭しすぎて時間が経つのに気づかないことが多くて。気づけば深夜……みたいな日も多いよ」
「研究者って、白衣を着るんでしょ?」
「うん。……子供の頃は、白衣に憧れてた。あれ、カッコいいよね。僕の高校の担任、数学教師だったのに、なぜか毎日、白衣を着てて謎だったけど」
真方の洗濯物が夕風にはためく中、暮れゆく陽をともに見送る時は刹那だ。幸福によく似た儚いもの。いつかは消えてしまう残酷なもの。いま、この一時だけを慈しみ、捉えたつもりでいればいい。
それでも、他愛ない会話を交わすだけの短い時間は居心地がよかった。
「真方さんって、白衣が似合いそう。身長あるし、痩せてるし」
「えっ。ど、どうかな? もう着慣れすぎてて体の一部みたいな感じだよ」
褒められてうろたえる横顔を見上げ、白衣姿の真方を想像する。身長は175センチくらいだろうか。今日もお馴染みのファストファッションで全身を固めている。上下ともダボッとしているのが定番で、肌の露出が少なく、体の線が判然としない。遊び心など微塵もないフルレングスのコットンパンツも定番で……視線を落とした奈柘は、真方の足元に注目した。
(おっ)
裸足に安物のサンダルを突っかけた足元は武骨で、しかも無防備だ。
思わぬ発見により、想像で描き始めていた白衣姿の真方に修整が加わる。夕陽を見つめるフリをする奈柘の脳内で、彼は一枚ずつ衣服を脱ぎ始めた。
「もしかして、俺って最低?」
「え?」
答えは明らかな自問は思わず声に出ていた。笑顔で誤魔化し、慌てて無関係の話題を放る。
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