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屋上のドアを押した瞬間、鮮やかな緑色が飛びこんできた。
「わ!!!!」
自分の叫びが驚きに拍車をかけ、後方へと倒れそうになった。見開いたままの瞳には、宙を掻く自分の手と、緑色の傘を手に振り返った真方が映る。
ナツくん、と、雨音とともに届いた彼の声は、いつもここで聞くものと同じ、穏やかなものだった。
「まさか、来るとは思わなかった!」
「……その台詞、そっくりそのままお返ししますよ!」
雨音に負けないよう張り上げた声に、真方の笑顔が返される。降りしきる雨の中、傘を片手に屋上でひとり佇む男はどういうつもりなのか。のんびりと曇天を見上げている彼になにか言わねばと口を開きかけた。
「あ、ちょっ! ナツくん!?」
一歩を踏み出すと、たちまち全身を雨にねぶられた。杢グレーのTシャツに生まれた染みは見る間に広がり、頬に無数の雨粒が打ちつける。一歩、また一歩、呆然と立ち尽くす真方に近づくほんの少しの距離で、水没したかのようにズブ濡れとなった。
「なんで、いるんですか?」
奈柘の質問は、真方が傘を手向けたタイミングと重なった。緑樹に似た色の傘一本が生み出す狭い世界は、どこにも逃げ場がない。自分の気持ちにも、過去に怯える弱さにも、すぐ先に立つ彼にも向き合わなければならない。
「僕は」
真方の声に目線を上げると、前髪から雫が滴った。頬を、耳をつたう雨など気にもならずに彼へと全身全霊をそばだてる。
「僕は、君に会いたかった」
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