君とシトラス・サンセット

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 傘に跳ね返る雨の音だけが二人を包みこみ、沈黙を際立たせる。視線を重ねたまま、半歩距離を詰めた男から逃げないと心を決めた。  眼鏡のレンズに水滴が散っている――顔を寄せた真方に倣い、閉じかけた瞳でそんなことを視認していた。  瞼の裏で白い光を捉えたと思った瞬間、地を揺るがす雷鳴があたりに響き渡った。 「「だっ!!!!」」  鼻同士が衝突した二人は、たまらずに叫んだ。  ゴロゴロゴロ……遠くで唸る雷と、文字通り鼻先がつかんばかりの位置で瞠若する真方の図に、力なく笑いが漏れた。しかも、彼は傘を落としている。仰向けに引っくり返った傘はゆらゆらと頼りなく転がり、二人の頭上には雨空が開けた。 「雨のおかげ、ですね。ずっと晴れ続きだったら、こんなことにはならなかったかも」  照れ隠しで仰のいた顔にも容赦なく雨が降り注ぐ。同じく濡れそぼった真方は慌てる素振りも見せずに傘を拾ったが、水浸しのために掲げはしない。 「それはどうかな。僕は、いつかちゃんとナツくんに気持ちを伝えようと思ってた……のに、今日の雨のせいでになった。そういうのって、夕陽とか星空とか、最高の情景とともに行うものだと思ったから」  真顔で唱えた真方に目が点になる。夕陽、星空、寄り添う二人……たしかにロマンティックかもしれないが、それは少女漫画の世界でのみ絵になる状況だろう。 「……ナツくん、笑いを堪えているね?」 「いえ」  唇がわななき「びえ」と、山羊の鳴き声じみた返事になった。我慢できずに噴き出すと、不服そうな真方の腕を取り塔屋へと引っ張った。抵抗するように足取りの重い彼は、拗ねた声でつぶやいた。 「どうせ僕は、まだ恋も知らない未熟者だよ」 「そんなに、知りたいですか?」  無遠慮な音を立てて閉じたドアとともに、薄闇に包まれた。遮断された雨音がくぐもり、建物全体が共鳴しているようだ。そっけない白熱灯が、二人の濡れた体を照らし出す。  そっと離した手を、今度は真方に捕らわれる。  手首に伝わる指の感触は冷たかったが、塞がれた唇には微かな温もりが灯った。
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