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首にタオルをかけて居間に突っ立つ真方は、なぜか、にこにこと奈柘を見つめている。子供じみた輝きを放つ瞳に気圧され、頬を染めてうつむくしかない。眼鏡がないせいなのか、あるいは、急激に縮まった距離のせいなのか? 答えなど出せずに固まっている奈柘に、真方は禁句をぶつけてきた。
「ナツくんて、お母さんみたいだね!」
屈託のない声が、ズドンと脳天から落とされた。
お母さん……かつて、望のためを思い、あれこれ尽くし(すぎ)た日々が蘇る。彼の予定に合わせて自分の時間を削り、好みではない映画に付き合い、彼が好きな菓子や酒を常備し、頼まれもしないのに『お泊りセット』も用意した……真方に用意した服がじつはそれなのだが、幸か不幸か望が袖を通す前に破局してしまった。
(望が好きな色を選んだんだよなー……)
皮肉にも、元彼と真方は体格がよく似ていた。生成りと黒のボーダー長袖Tシャツに紺のパンツというスウェット上下セットは、真方にピッタリだった。
「ナツくん? 大丈夫?」
打ちひしがれている間に、目の前まで真方が接近していた。落ちこむ奈柘の顔をのぞきこむ彼は、心配そうな表情だ。
「雨に打たれて冷えたのかな? ナツくんもシャワーで温まった方がいい」
「…………真方さん」
「なんだい?」
「…………近い。顔が、近い、ですっ」
あ、という短い叫びは、息がかかる距離だった。ばっと身を正した真方は裸眼なのに眼鏡を持ち上げる仕草をしている。
「ご、ごめん。僕、裸眼視力がすごく悪くて。眼鏡をしないと、テレビに映るのがライオンかひまわりかもわかんないくらいなんだ」
赤面していつもの調子に戻った彼を、惜しいような、安心したような心地で見上げる。まだ、落ち着かなそうに部屋を見回す様子を微笑ましく眺め、とりあえずペットボトルのミネラルウォーターを手渡す。
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