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「よ、よく見えない方が、緊張しないから」
硬い声音で足された内容に、鼓動が跳ね上がった。
(この人、緊張してたのか……たしかに、珍しく饒舌だったもんな……)
先ほどのキスまで思い出されてしまい、完全に余裕を失う。お互いの顔を見ることもできず、微妙な距離を保ったまま中学生のようにもじもじしている……真方のことを恋愛初心者などと呼べない状況だ。
膠着状態を打破しようとしたのか、真方は手にしたペットボトルをぐいっとあおった。と、勢いの余り激しくムセこむ。奈柘は台所に走ると布巾をつかんだ。幸い、上着の裾が少し濡れた程度である。
「大丈夫ですか? ほら、これで――」
「ご、ごめん! これ、新品の服だよね? どうしよ、申し訳ない」
「いえ。その服、どうせ捨てるつもりだったんで。気にしないでください」
咄嗟の対応に、真方がピタリと動きを止めた。布巾で服を拭いながら怪訝に思って顔を上げると、彼はわずかに眉を曇らせた。
「……ナツくんの服にしては大きいと思った」
「あ」
うっかりとこぼした声でいらぬ真実が露見した。一気に指先が冷え切り、台所へと避難する。静かに近づく気配を背中で受け止め、深呼吸を一つした。
「……真方さん、初めて会った時に言ったじゃないですか。俺に――失恋した俺に『恋を知りたい』って。……恋って、純粋で綺麗なものなんかじゃないんですよ。こんな風に、自分や相手の言動一つにがんじがらめになって、身動きが取れなくなったり……逆に、ワケわかんないことしちゃって頭抱えたり。ホント、もう――」
しんどい――吐き出そうとした想いは、声に出ることなく心底にコトンと転がった。
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