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「こんにちは、ナツくん」
ギイッと鈍い音に掻き消されそうな、か細い声を背中で受けとめた。
落下防止用の手摺に肘を置いていた奈柘は、わざと数秒の間を保って振り返る。ども、と、短く応じて軽く頭を下げた。
塔屋の出入口に立つ真方の姿は、声以上に心細そうだった。
こぼれ落ちかけた笑いをなんとかこらえ、緩んだ口元を拳で押さえる。咳払いでごまかして呼吸を整える奈柘に近づいてきた彼も、あまり崩すことのない顔に安寧の色を滲ませた。
「今日も休日出勤ですか? お疲れ様です」
「ナツくんこそ――洗濯、お疲れ様」
律儀に返事をする真方に我慢できなくなって笑い返す。怪訝な表情で首を傾げながらも笑みを維持した彼に弁解はせず、空いた物干しを勧めた。これから陽が沈むタイミングで洗濯を干す行為にツッコみたい反面、人にはそれぞれの生活リズムがあることをふまえてスルーする。真方が持つランドリーバッグはデニム調の淡いブルーで、ところどころ色が煤けていた。
「相変わらず、溜めこんでますねぇ」
「う、うん。あ、でも、服はちゃんと新しいものに着替えてるよ。量販店で買いだめした安物の服ばっかだけど」
洗濯物でぱんぱんに膨らんだバッグを重そうに抱え、真方はバツが悪そうに答えた。薄い黄色の地に茶や紺のチェック柄が入った彼のシャツはたしかに安っぽい。
「真方さん、いかにも研究職って感じ。チェックのシャツにチノパン、無造作と野放図の間みたいな中途半端な長さの黒髪、あと、本気の眼鏡も!」
からかい半分で指摘した奈柘に、真方は「う~ん」と唸り天を仰いだ。「たしかに、僕みたいに見た目には無頓着な人も多いけど……中にはお洒落な人もいるよ。白衣で隠れちゃうのに、一万円近くもするTシャツ着てたり、足元のサンダルがドイツ製の高級品だったり。僕なんか、駅前の靴屋で買った780円のサンダルなのに……」
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