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(ここが出会いの場所になるのかぁ……)
真方の洗濯物を干し終えた二人は、並んで西の空を見つめている。
(陽が長くなったなぁ)
明るい光に満ちた午前中に買い物だの洗濯だのを済ませ、気怠い午後はだらだらと時を過ごす。ひとりになってから身についた、寂しい習慣だ。
心の拠り所だった存在を失ってからというもの、休日の午後ほど辛い時間はないと思い知った。
うたた寝をして目覚めた瞳に映る春の翳りが、しんと静まった部屋に居座る失った恋の残像が、不意をついて奈柘の心に薄闇を広げる。忘れたい過去の輪郭を朧に、だけども決して消え去ることはないと言いたげな深い陰影を伴いながら。
「移ろう瞬間がいちばん綺麗だ」
すぐ隣に立つ真方が、夕空を見つめながらつぶやいた。同じ方角を向きながらも、景色など目に入っていなかった奈柘は、呆けた顔で長身の男を見上げた。
「昼から夕、それから夜へ。青かった空が紺や紫や金色に目まぐるしく変わって、最後には闇色に塗り潰されてしまう。なにもなかったみたいに、ぜんぶ」
五センチほど上にある横顔は、日頃のぼんやりを忘れそうになる。流麗な線に縁取られた輪郭はすんなりと滑らかだが、太い鼻筋は意外と男くさい。じっと見入る奈柘に直った真方は、困ったように瞬きを繰り返す。切れ長の瞳は黒目が大きく、細いフレームの眼鏡に隠されてしまうのがもったいない。
「そうだ、これ」
真方のチノパンのポケットから差し出されたものは、太陽を吸収したかのように眩いオレンジ色の柑橘だ。どうも、と礼を述べて受け取ったが、品種名がわからずにしげしげと観察する。みかんより一回りほど大きく、表面もつるっとしている……奈柘の思考を読み取ったらしき真方は、小さく笑いをこぼした。
「はるみ、って品種だよ」
「あ、聞いたことあります」
即答した奈柘をおかしそうに見下ろす時の真方は、普段の浮世離れした感じが薄らぐ。
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