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気づけば、浮気に発展したということか。沸点の高い奈柘は、この時点ではまだ茫然自失状態であった。たしかに、新人の指導役に任命された話は聞いた。だが、その子はたしか……。
「妊娠三ヶ月目なんだ」
真っ白だった脳内が、一瞬で闇に塗り潰された。絶句する奈柘を前に、望は開けっぱなした玄関から一歩下がり、深々と頭を下げた。
「ごめん」
ここまでが奈柘の人生史上最悪の出来事である。
「ふらけんな!!!!」
一時間後、閉店間際のスーパーで発泡酒を買いこみ、たちまちに酔いつぶれるまでは、時の流れが速いのか遅いのか、よくわからなかった。値の張るコンビニではなく、スーパーに駆けこむあたりが奈柘の小心ぶりを物語る。地方の、わりと自然豊かな場所に建つ、職場まで電車と徒歩で約二十分という距離のアパートは、民家と田畑とがほどよく共存しており、都会とは口が裂けても言えないが、ドのつく田舎でもない。生活面においては、徒歩圏域に必要な店は揃っており、おおむね快適なひとり暮らしを満喫していた。同性の恋人を連れこむのに、人目を気にすることもない、なかなかの環境でもある。
「なにが、ごめん、だ!! 女がいいなら最初からそう言えよ!」
二月の深夜、屋上で吠える奈柘の声は内容的には怒号だが、実際にはちょっと大きめのぼやき程度の声量であり、近所迷惑には至らなかった。こういう思慮深さ(?)を元恋人にも見透かされて、都合のいいオトコに成り下がったのかもしれない。
「せめて、男と浮気しろよなぁ。俺には逆立ちしたって、子供を産むことなんかできないよ……」
相手を見抜けなかった自分のふがいなさが情けなく、三本目のチューハイを煽った。途端に激しくムセこみ、苦しさに涙がにじむ。
「あー……さっぶ」
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