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その光景は今でも覚えている。一人の大切な、自分を生んでくれた母親が生命の気配がない湖の上で磔(はりつけ)になっているのを。それだけじゃない。砂と泥が入り交じった地面の味も、その上に山が真っ逆さまになったかのように押さえつける人々の腕を。歯を食いしばりすぎて出てきた血の味も。
そして、つう、と流れる母親の涙はまだ瞳に、眼に焼き付いている。
自分は手を伸ばして母親の名前を叫ぶ。しかし、その声は同じ村人から縛られた縄によってかき消されてしまう。
周りの炎の薪が自分をあざ笑うように広く、火の粉を撒き散らし燃え上がる。
しかし、自分たちの周りは暗い影に覆われている。
瞬間、母親の体が湖に沈み始めた。
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