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五年前はランドの母親が選ばれてしまった。
それで家の前に頭に鳥の形の冠をかぶった村長と二人の筋肉が発達している男たちが家に来たことがあった。
その時のランドは、初めは何のことかさっぱり分からなかった。村の生け贄に母親が選ばれたことなど分からなかった。母親が選ばれてしまったことを聞いた自分の父親が、その場に眼窩が埋まるほど目を覆い尽くして立ち尽くしていたかと思うと、目を腕でこすり始めた。
それを見て何が起こったのか初めは理解できなかったがやがて父親からすすり泣くような声が聞こえたことから、今、自分は悲しむべき時にいるのだと理解した。理解はしたものの何が原因だか分からなかったので父親の男泣きと母親の後ろ姿を交互に見ることしかできない。
すると、母親はフッとそよ風が吹くように振り向いた。
そして、そのまま優しくランドを抱きしめる。
「ランド、強く生きるのよ。お母さんがいなくたって、強く生きてね……」
「え……」
そこで初めて母親が自分の元からいなくなってしまうことに直面する。
「お母さん、どこかに行っちゃうの?」
母親は目に涙を浮かばせて自分を見ている。
「やだよ……どこにも行かないで……」
ランドの目から大粒の涙が零れ始める。それは真珠のように輝き地面に落ちて割れる。
母親は何も言わずに抱きしめた。
ずっと、行かないで……行かないで……と言っていたが母親も、父親も何も言わなかった。
やがて母親は、村長と男たちと一緒に連れて行かれる。
その時は、大変強い雨が降っており、母親の頬にいくつもいくつもの雫が流れている。
ランドにはそれが涙に見えた。
そしてその時、ランドは勘違いをしていた。
母親はどこかに連れて行かれるだけだと。
決して生け贄に捧げられるなど考えもしなかったのだ。
次の日、村は自身の母親のことで話題が持ちきりだった。
哀れむ声もあれば、ウチじゃ無くて良かった、と安堵の声をする者、そんなことに全然興味が無く自分の仕事に没頭する者、様々な人がいた。自分と同じ子どもたちはみな笑いながら遊んだりしていたり、親の仕事を手伝ったりしている。だれもランドのことを気にかける者などどこにもいなかった。みな、どこか他人事であった。
(どうして僕のお母さんがいなくなったのに、みんな笑っていられるんだろう)
ランドはそう思っていた。その時
「ランドくん」
自分を呼ぶ声がしたので振り返ると、そこには、パーマがかかったような肩までロングヘアーの女の子、クエルがいた。
「クエル」
少し安心したのかランドは頬を緩めてクエルの方を見る。
クエルは少し俯いていて目に光が無い。
ランドはその様子を不思議に思い「どうしたの?」と声をかけた。
すると――
「いいの……ランド……くん」
クエルは遠慮がちにそう聞いた。
「え、どういうこと?」
ランドが聞き返すとクエルは大きく目を見開いて、両手で口を塞いだ。信じられないと言うような反応だった。しかし、次の瞬間、両手を外し、涙を浮かばせながら体を震わせている。
「どうしたの? クエルちゃん」
ランドが混乱しているとクエルはこう言った。
「私……聞いたの……ランド君の……ランド君のお母さんが生け贄に選ばれたって」
なんとか泣くのを堪えて振り絞った声であった。
だが、問題なのは、ランドが生け贄とは何のことか分からなかったことだ。
しかし、クエルの様子を見るに事態は自分が考えているよりも、酷い状況になっているのだとランドは自覚した。
「い、生け贄って……ど、どういうことだよ……ねえ、どういうことなの!?」
ランドはクエルの肩を掴んで聞いた。クエルは涙を流しながらこう言った。
「生け贄っていうのは……つまり……つまりランド君のお母さんが死んじゃうってことなんだよ!!」
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